
第3章 行商人の土産話
(5) サバが手渡すと、彼は明かりの方へ向き直り、指先でその流れるような線をなぞりました。
三重、四重の波模様の一つ一つが渦となり、やがてまた波へと戻っていきます。
取り引きがまとまった頃合に、ゴールトは行商人に向かって言いました。
「よい文様だな。盾の浮き飾りにぴったりだ。」
そして、サバにその鏡を返しました。
行商人は微笑みました。
ゴールトとはすでに旧知の仲の彼は、前にも同じような表情を返したことがあります。
「盾の浮き飾りに合うかどうか、君が気にせず手にとるものがこの世の中にあるのかね? ところで、ついでと言ってはなんだが、明日の朝ここを立つ前に、君の工房で何か拝見していきたいんだが。」
「君に見せるもの? あるさ。」
ゴールトは言いました。
「君が買いたいと思うかどうかは別問題だがね。君が売りさばく相手次第ってことだ。私の仕事は相手を選ぶのさ。たとえ欲しがる者があっても、安いものではないしね。」
「相変わらずだな。」
ゴールトは笑って、両手を広げてみせました。
「安く売る必要もない。」
「良い値をつけるよ。」行商人は言いました。
「良い商いができそうだからね。なにしろアトリベイツの奴らは金持ちだから。」
「アトリベイツ? 聞いたことがあるな。ガリアから運んだ真新しい金貨でいっぱいな奴らだろう。おおかた、青銅細工師や盾職人たちを抱えているんじゃないのか?」
「立派な部族さ。戦車を操り、彼等にふさわしい立派な青銅細工師や盾職人たちがいる。でも裕福な連中、特にカネをたくさん持っている相手は商売がしやすいんだよ。なにしろ自分達の工房で作られるのとは違う、彼等にとって珍しいものを手に入れることを好むからね。だからきっとカネを出すさ。」
しばらくの沈黙の後で、二人は互いを見やりました。
すると族長が言いました。
「私も聞いたことがある。『狭き海』を越えてきた部族であろう。あそこに住み着くために。」
彼は南に広がる低地の森の方角を親指で指し示しました。
「彼等は北へ向かって来るらしい。進軍してくる『赤いたてがみ』の奴らに踏みつぶされるくらいなら、誰でもそうするだろうがな。」
やがて彼等は白亜の丘と森の向こう、『大海』へと続く南側の世界について話し始めました。
自らの部隊を『軍団』と呼ぶ強権的な部族がいて、金銀で作られた軍神の鷲の旗印の後を列をなして行進し、その兜には馬の赤いたてがみがついているのです。
行商人は一度ならず彼等と過ごしたことがありましたので、いろいろと面白い話をしてくれました。
皆は周りに座って聞き入っていました。
こういった旅の話こそ、彼等の目当てだったのです。
しかし、ルブリンはまるで聞いておりませんでした。
相変わらず、北に広がる土地に思いをはせていました。
山々と海にはさまれ、まだ手つかずの草原が待っている。
そこを探すため、いつの日かダラとともに若者の新たな一団を引き連れて北へ向かう、そんな馬鹿げた夢を見ていたのでした。
見たこともない程高くそびえる山々の麓(ふもと)には、牝馬たちが草をはんでいます。
そして、新しい炉辺で竪琴弾きが新しい馬追い唄を紡いでいます・・・。
ダラに肩を揺さぶられ、ルブリンは男子の館へ戻る時間になったことに気がつきました。
その夜、ルブリンは5才の時から何度となく繰り返し見ている、あの白い牝馬の夢を見ました。
丘陵の尾根をゆっくりと走る、草原の下に隠れた白亜の大地よりも白く、さんざしの花よりも白い牝馬の後ろには、影のような馬の群れが従っていくのでした。