
第6章 勝者と敗者
(2) 戦(いくさ)はやってきました。
そして、谷間の空が黄昏るころ、すべては終わったのです。
広い堀や塁壁の上を、男も女も子供たちまでも、だらりと手足を伸ばした死体となって覆っていました。
ルブリンの民は生け贄の牛のように大人しくしてはいなかったので、アトリベイツとイケーニの双方が血にまみれました。
トンビや渡りカラスが低い空に円を描いて飛んでいます。
ただ一つ残った門に伸びる道に折り重なって横たわる屍は、男子の館の戦士たちの最初で最後の戦いの跡でした。
アトリベイツに奪われ火をかけられ、狂ったように燃えさかる味方の戦車隊の突撃を受けた門や守備隊の槍は、炭と燃えさしの山と化していました。
丘砦の中へと入り込んだ戦車から燃え広がる炎をくい止められるだけの水も、もはや残されてはいなかったのです。
吹き荒れる炎といななく馬、その騒乱が鎮まった後、敵の先鋒の戦車隊が屍の山を踏み分け乗り越えてガタガタと侵入してきました。
ルブリンは、族長の広間の前で最後の応戦をしていたことを、ぼんやりと思い出していました。
ドゥロクメイルは既に絶命しており、何かにつまづいて下を見やると、そこには二晩前に共に踊ったあの赤毛の女の子の死体がありました。
ルブリンは、アトリベイツの戦車が突入し、見るも恐ろしい、目の潰れた馬の頭がい骨の印とサフラン色のふさが流れる軍旗が彼をめがけて突進し、まるで悪夢のように頭上に翻ったことを思い出しました。
あの時、頭の右側にギザギザの閃光が走ったのです。
その後の記憶はとぎれていました。
暗闇というわけではなく、ただ時の断片が失われているのです。
彼の周りの世界はまだ揺らいでいましたが、やがてルブリンは自分が後ろ手にしばられて立っていることに気がつきました。
でも、どうしてここにいるのか、中途半端な記憶が頭の中を巡ります。
檻のなかの空ろな影の一人だったこと、誰かに蹴られて立ち上がり檻から引きずり出されたこと、吐いたこと。
すべてが夢であったなら・・・しかし夢ではありません。
ルブリンは、父の松明が灯されていた前庭に、後ろ手に縛られて立っていました。
目の前には男がいて、だるそうに、血まみれの戦車の片側にもたれかかっていました。
戦車の車輪は赤く湿り、恐ろしい形相の生首がおのれの血に染まった髪で戦車の突端に結わえ付けられています。
自分が見ているものが父であるとわかると、ルブリンは心の中で悔しさを込めて敬礼しました。
「やっぱりブラッチやコーフィルより上手くやることなど僕には出来ませんでした、お父さん。」
落ち着いているように見えるルブリンでしたが、父のことは一度見ただけで、もう見ないようにしていました。
彼は、敵の指揮官の青く細い視線から目を逸らさぬよう、しっかりと見返しました。
そして知ったのです。
その男こそ、二年前の秋に馬の駆り集めで共に駆けた男だということを。
「そうと知っていたら、あなたに馬など見せなかった。」
ルブリンはぼんやりとそう言うと、こめかみの生乾きの傷口から滴り落ちる血が目に入りそうになるのを頭を振って払いました。
「そうだろうとも」
色白の男はルブリンに歩み寄ると、その首に巻かれた細身の青銅の首飾りに触れました。
「お前が族長の息子か? 族長の息子を私に引き渡すよう命じたのだ、まだ生きているのであればだが。」
「この朝まで、三人の息子の一人だった。」ルブリンは言いました。
「今は?」
「今は、僕だけが族長の息子の生き残りだ。」
確かにそうでした。
よろめき倒れた馬から降ろした時、コーフィルにはまだ息がありましたが、矢じりのあぎとを引き抜いた時に、命までも引き抜かれてしまったのです。
「ならば」
と指揮官は告げました。
「我が手の内にあるお前の民に代わって答えよ。そして、俺がその者たちと話をする時、お前はその間に立って耳となり口となるのだ。」
「もしも僕が、あなたと我が民の間で耳や口になることをしなければ?」
「お前はそうするのさ。」指揮官の細く青い瞳が一瞬大きく開きました。
「なぜ僕が?」
「それはお前が死んだ族長の息子だからだ。一族に残された族長に最も近しい者が、常に族長にかわって民と神々の間に立つ。民とその運命、それはつまりお前たちと私だということは、お前にもわかるだろう。」
このときルブリンの心に、神の仮面を被り、夏の稲妻のような不思議な光を見にまとって広間の入り口に立つ父の姿が浮かび上がりました。
そうです、それは彼とこの敵の指揮官が互いに弁(わきま)えていることでした。
こうしてルブリン・デュは、族長の重責をその双肩に担うことになりました。
その任を果せる者は、彼のほかにはもう残っていないようでした。