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DV(ドメスティックバイオレンス)をやめたい男性のための暴力克服プログラム このワークショップは、日本の加害者プログラムの分野をリードしてきた講師が提供する、男性が「暴力を必要としない生き方を取り戻す」ためのワンデイ・プログラムです。 今回のテーマは「パワーゲームを乗り越える」です。パートナーに対して、無意識に優位とならずにはいられない傾向と、それがDVへと発展するプロセスに気づきます。 さらに、パワーゲームに執着する背景には、相手と対等であることが自分を脅かすと感じられることがありますが、相手と対等であることが精神的安定とつながることを体験していきます。 困難な現在の状況に、新たな可能性を切り開くステップとなることを願って、内容は構成されています。 DV克服の意志をもつ男性のご参加をお待ちしています。 ごあんない
☆ご予約のキャンセル、および変更は実施日の3日前までにご連絡ください(土・日祝祭日は数えません)。当日は100%、前日・前々日は50%のキャンセル料をお支払いいただきます。 | ||||||||||
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≪草柳和之氏 プロフィール≫
メンタル・サービス・センター代表。 |
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≪草柳和之氏のメッセージ≫DV防止法が今年の秋、改正の予定で国が動いていることは、ご存知の方もおられるかもしれません。4月半ばからすでに、法改正のプロジェクトチームの議員がうごきはじめて、関係者のヒアリングを開始しています。そして、DV防止法制定前は、論点整理がなされた段階で、NGOとの意見交換会が開催されまして、私も参加して発言をしましたが、今回もおなじ段取りとなることになるでしょう。 法律ではなおざりにされたままの、被害者の保護と支援体制の不備をどれだけ改善できるか、これからが勝負です。私は現在、DV被害者の離婚裁判のケースをかかえており、夫の悪逆非道、ほとんど前代未聞のかつ奇奇怪怪の惨憺たる事案です。裁判の陳述書を読むだけでも、胸がつまるような内容の連続です。連休は、このケースの意見書執筆に追われていました。本当に、このような不当な出来事を裁判所もしっかり見抜くことができ、被害者の尊厳が守られる世の中にすこしでも近づけるようにしたいものです。裁判官の心を動かすような、有益な意見書をいかに書くかということにも、苦心しなければなりません。 私は、加害者の暴力克服のための活動で知られていますが、同時に被害者支援にも携わっており、電話相談や、希望者のみですが、来所での被害者のカウンセリングにも力を入れているのです。毎年、被害者のやむにやまれぬ事情から、3〜4件は意見書を依頼されるという状況が続いています。加害者が回復するためには、被害者の痛み・思いを最大限に受け止められることが必要だと考えていまして、そのためには、常に被害者の体験に触れていて、それを加害者の回復に生かすことが必要なのです。私は、狭義の心理臨床家としての活動を超えて、DVをなくすために臨床という手段を使っています。ですから、まさに相談室から外へ出て、専門家としての経験を生かして社会に打って出ることをせざるをえないのです。 加害者対策についても、どれだけ前進できるか、まったく予断を許しません。幸いなことに、参議院共生社会の調査会から先日連絡があり、DV法のプロジェクトチームの議員から、私がヒアリング対象としてリストアップされ、5月末から6月にかけてのいずれかの日程で参議院に呼ばれることになりそうです。これまで、周囲から無理解や反発も私に対して随分ありましたが、それも承知の上で粘り強くネットワークを形成してきた結果が、かろうじて、このような形で実を結んだと言えるでしょう。 日本という実情にあった形で、米国の単なる模倣でなく、いかに有効に加害者プログラムを地域で機能させていくか、私は有益なアイデアをもっていますし、プログラム本体の内容・技術・理論についても同様です。最近米国の加害者プログラムに関する翻訳書も出版されていますが、タイムアウトなどの「怒りのマネジメント法」では対処しきれない、複雑かつきびしい事態が加害者の回復には必要であるということを、私は見出してきました。専門家向けの加害者の心理療法の体系的トレーニングをすでに何度も私は開催してきました。加害者がトータルにDVを伴う生き方を実現するために、一体何が必要かについて、米国でも十分なされていない点にまでアプローチを発展させていますし(最近、米国のDV研究者との議論でも確認しています)、その内容を、このようなトレーニングにおいて、専門家へ実際的な形で提供してきています。しかし、「怒りのマネジメント法」にどのような限界があり、それが加害者の回復の全体のどこに位置づけられるか、関係者はまるで理解していません。米国で行われてきたプログラムであるというだけで、DV問題に携わる関係者は「怒りのマネジメント」をスタンダードと見なしています。しかし「怒りのマネジメント」は限られた局面でしか有効でない対処療法というべきであり、(もちろん対処療法も必要な場面は存在します)その先にもっとDV克服のために重要な課題の解決が必要となるのです。これについては、近々出版の著書でおおくの人々に理解できるはずなのですが、諸般の事情で滞っているのが残念なところです。 加害者プログラムを実践しているとしている人々も、技量も臨床的見識にも問題のある人々ばかりで、本や論文を書いたり、マスコミに登場したりで、既成事実を積み上げているという現実が存在します。しかも、マスコミやDV問題に携わる関係者がそれを判断できる力量もないために、そのような実践者が間違ったことを書いていても鵜呑みにしています。これは、実に憂うべきことです。これでは被害者・加害者、誰にとっても望ましい結果を生みません。おおくの人々は一層判断力を養い、既成のものに惑わされずに、現実をしつかりと観る力をもってほしいものだと切に希望しています。 私は、被害者支援との対極にある、加害者の暴力克服は、DV根絶のために必須の活動だと考えています。それがどれほど困難なことであっても、男性が立ち上がらなければDVは減少していかないからです。私はしばしば「よく男性が自ら自覚してDVをやめようとする活動に参加しますね」という声を聞きます。たしかに、現実としてはそのとおりでしょう。しかし私は、本来はその考え方は間違いだと思っています。加害者者がパートナーを苦しめ抜いても平然としていたり、努力を怠る方が異様であり、専門家の手助けを得て徹底した自己変革に取り組むのが当然なのです。加害者がDVを乗り越えるために専門的プログラムを受けないのは、平安で健康な家庭を創造するという、当然の権利を放棄しているのです。 人間、過ちは犯さないことは当たり前のことです。しかし、もし過ちを犯したならば徹底して自分を変えようとする、これは正当な努力です。これが当たり前に思える社会にしたいものです。そして、被害者は加害者の努力をかならず認めなければならないかというと、そうではないでしょう。もうすでに、人権侵害というパートナーとしての関係でのルール違反がなされているわけですから、被害者は自分の価値観による選択を第一にしてよいはずなのです。もし彼の存在そのものが被害者にとって苦痛でしかないところまでいっているのであれば、加害者は別離を受容していくことが、DV克服の重要な側面になります。もし、彼の変化を期待したい気持ちが被害者に残っていて、変化が十分と認められればそれでよいでしょうし、そうでなければ別離をする。 ――私は基本的に、以上のような枠組みでよいのではないか、と考えているのです。 |
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≪草柳和之氏 東京での催しもの≫『第10回子ども虐待防止セミナー:DV被害と子ども虐待への対応・介入について』
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