林道観光開発協会

嗚呼、林道

今日も林道が呼んでいる...都会人

いつの頃からか

峠でテントを張る。

日が暮れて、山道を走るのは心もとないからだった。

夜、突然の嵐。

小心者ゆえ、間近で光る稲妻、轟く雷鳴が怖かった。

嵐が去って晴天、降るような星の輝きに思わず息をのんだ夜。

朝、日が昇る前に目覚め、空気が紫色だったこと今でも忘れられない。

それが始まりだ...野宿。

イントロダクション

サイトのタイトル「林道観光開発協会」とは?

いかにもありそうなネーミング...という安易な発想からきたのであった。

よって、タイトルが内容と合わないということもある。

決して(変な)団体ではなく、公共の団体とも一切関係ない、個人のサイトであ る。

 

ハードな林道記録は ない

が、自然が好きな親父の紀行として見ていただきたい。

大分古い写真もあるし、頂きものの写真はありがたく使用させて頂くので、作者 諸兄よろしく了解されたし。

さて...

林道は人工的なものであることが多いが、自然の中の一部であることは間違いな い。

林道イコール未舗装の山岳道路に決まっているとか、野宿とキャンプは違うと か、妙に拘る親父。

いや、拘りたい、あくまでも自然の好きな親父の「独り言」である。

はじめまして

遅ればせながら、管理人の自己紹介など。

林道に物心の付いたのは...

昭和の終盤、テント、寝袋、マット、三種の神器を安価に揃えた若かりし頃のこ と。

乗り物は単車で気ままな旅、それとポンコツ軽四駆で、これもまたよく走った。

それから、妻と出会った。

唯一変わったのは、キャンプ場使用がが多くなったこと。

旅のスタイルは相変わらず、一緒に穴場へ出かけた、穴場といっても一般人には 辺鄙なところだ。

いやア、出かけたというより引きずり回したという言い方が正しいだろう。

それ故、現在でも(山へ)出かけるとき妻は、絶対に同行してくれないのであ る。

そ して子連れになる。

何故か親父と娘のパターンが多いようだった。

妻は、いろいろと懲りているのか不参加が常であった。(そして現在も...)

転 機

2001年3月、管理人倒れる...

脳溢血で正に九死に一生、妻は入院と葬式の両方用意していたと後で聞いてびっ くりだ。

医者に車椅子の生活を宣告されたが、奇跡的にカッムバック。

(病気のことは「切れるな親父」の章をご覧 あれ)

カムバックといっても...現在でも後遺症から行動には制約がつきまとう。

それから

以前と全く同じようにはいかないが、野外で再び遊びたいのである。

やりたいことを自分なりのスタイルでする、それが親父流。

現在、二輪は乗っていないが目的のためには手段は関係ない、四輪でも電車でも いいじゃないか。

やりたいことは出来るようにと、方法を考えるのだ。

先日物置の整理をした。

懐かしい道具が一杯出てきたが、さて...この夏は何処へいこうか。

では、山でお会いしましょう! 2009 林道親父

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