林道観光開発協会

 

阿蘇から高千穂 遙かなる九州(一)

 

九州に友アリ

彼を頼って一緒にツーリングすることとなった。

当時、ある飛行会社で...「バイクは積んで、身軽なジェットツアーで!」

なるものがあったが飛行機は予算が...自走は時間と体力が...

ということで、「自走」プラス「フェリー」になったのである、財布の中は何とも軽かったナア。

「...どこで落ち合います?」

「そうだなあ〜、九州は広い...阿蘇ぐらいにするか」

アバウト過ぎる!

無計画な旅が始まっ た

まず自走、走れるところまで走る...尻が痛いところまでだ。

いつも思うのだが、孤独なライダーは走りながら叫んでいるというか、独り言を 言っている、私だけか?

そして来た尻痛、そしてフェリーに乗る。

船酔いする前にまず酒酔いになるというのは恒例、乗船直ちに虎になる私。

生まれてこの方めっぽう船酔いに弱い。

というのは嵐の海で海上タクシーなるも のに乗って以来、胃袋が口と仲良くなった。

...精神的なものが大きいかもしれないが。

国東半島上陸

そんなこんなでフェリーで九州上陸、夜行フェリーで早朝着だ。

早朝の空気は実に美味い、夏の朝は空気が少し湿った感じが何とも言えない。

空気を直接感じる、これだからバイクはたまらない。

...九州で先ず行きたいところがあった、それは国東半島だっ た。

仏教文化財として名高い石仏群を見たいと思っていた、さらにそこは古寺が豊富 にあるというではないか。

神社仏閣が好きな親父にはウハウハ堪らないと言う感じであった。

しかして...そこには確かな「仏」があった。国宝が手に触れられるほどの距離にあったのだ。

「貴重な文化財を後世に残したい」という神妙な気持ちが何故か強くなる。

仏像に狂喜乱舞した中年親父だった。

阿蘇・草千里

石仏を後に、その日のうちに阿蘇へ向かった。

広い阿蘇をのんびり周遊したらさぞかし時間がかかるだろうと思ったからだ。

...が、それは正解だった。

阿蘇ではいろんな出会いがあった。

脱サラしたという人にキャンプで出会った。世知辛い世の中働くのもままならぬ。

家族があって、普通に暮らすのが一番幸せなことだと管理人は思うが、要は各 自の価値判断であるが。

バイクで野営していると、また夕食をご馳走になったりした。

よほど侘びしく見 えるのか...

阿蘇、キャンプ一泊の後に友と落ち合うことになっていた。

阿蘇で落ち合おう...なんていい加減に考えていたが、阿蘇は広い。

友を持つ間に、牧場風レストランで酔っぱらってしまった、いや余りに自家製ソーセージが美味だったので...

そんなこんなでようやく友と阿蘇で合流することができた。

出発?当然遅れたことであるよ。

祖母傾の水

流れの傍らで痛い尻を休め水を手に掬う、九州もまた水清し。

ゆっくりと祖母山 へ上る時間がなかったが、いやー実に九州も山深い。

ふと思い出す、同級生が大分の出身だった事を。

「祖母傾...いいところだよ」...そういっていたのを思い出した。当時、九州までの帰省は相当遠かったろう。

今やジェット一っ飛び、新幹線もある。

おばあさんのところへ向かう小学生、皆んなその頃はかわいかったのだろう、私もだ...

その頃から段々、怪しい雲行きになってきた。

祖母渓谷を経て高千穂狭へ、空模様を見ながら向かう。降りそうで降らない粘る空。

そしてついに雨、キャンプ場へ転がり込んだが予想通り客は我々二人のみ、そし て次第に雨は激しく...

嵐の高千穂

やめときゃいいのに、宴会だけは何故かしたいのだ。

半ばやけくそにテントで宴会、そして酔っぱらい始めたが風雨が益々激しくなっ てきた、尋常の沙汰でない雨!

「台風が来よる、中へば入らんと...」管理人さん見かねて呼びにきた。

挙げ句の果てに管理棟の中に泊まることに、その節は管理人様ありがとうございました。

宴会を続けられず残念、それ以上に暖かい管理人さんの心遣い、合掌。

親父「雨男」は確信に近づいたのであった。

おかげで、ゆっくり神話に浸る時間はなかった。

しかし、その場の持つ雰囲気は太古からの神話そのもの、すべて納得するに値する。

高千穂、そこへ行けば神話がわかる、と同時に天候には十分留意されたし。 

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