林道観光開発協会

切れるな、親父

脳溢血親父のぼやきを少し聞いてほしい

脳溢血?

老人の病気だと思っていた私...ある日脳幹から出血、そう血管が切れたのだ。

手足が痺れ、言葉が麻痺し倒れこんだ。

脳幹というのは脳の入り口、生命維持を司る部分、損傷したらまず命はない。

実際、命が助かっただけでも不思議だと思う。

原因不明、要因は高血圧、喫煙多、飲酒、スナック菓子、カップ麺大好き、生活不摂生など多い?

命拾いの代償として脳の損傷、イコール体の不自由だ。

集中治療室を経て、救命病棟、一般病棟と流れた。そして転院、リハビリ病院温泉付きだ。

身体障害者、体幹二種五級。

理屈はわかっていても実際に自分がそうなると、それを認めたくないという感じ...

だからこそ不自由な分だけハンディがなくては、それこそ不公平だ。

何年も経った今、吹っ切れたというものの、ふと思うことがある。

だが、必ず年月がたてば「何らかの進歩」はあるものだ。こころも、からだも。

あたかも蝸牛の歩みのようにゆっくりではあるが、死ぬまでにほんの少しづつ変わっていくのだと。

当初は蓑虫状態、車椅子、そして現在は杖無しでも少々なら歩く。

車も運転し(臨時適性検査も受けた)仕事(復職、配置転換あり)もしている。

(もっとも、運転再開は初心者マーク状態に戻ったが、これぞリハビリ、練習、積み重ねを実感した)

少なくなったが趣味も復活した。

リハビリ

右利きだったが、使えないので左利きにした。(右手のリハビリは現在もしているが...)

「出来ないことは出来ない」と、かなり開き直れるようになったが、まだ苛立つときもあるが...

慌ててもしょうがない、しょうがないと。

リハビリも現状維持で当たり前、少しでも出来るようになればこれ幸いである。

他人と比べるなんてナンセンス、脳の状態はまちまち、自分は自分。

健常者でも癖は人それぞれ違うじゃーないか。

日常生活すべてがリハビリだと考えている。普通のような生活が出来れば...不自由でもそれなりの生活ができると。

家に篭らないで外出すること、好きなことができるようやってみることだ。

何もしないなら、ただの物質だ。

倒れて

はじめて気がついた。家族のありがたさ周囲の人間の気持ち。

知らないうちに、潜在的に、

実社会での目に見えない障害者差別、

障害者として行動することの厳しさ、ゆえに障害者自身をアピールする必要性。

健康な諸兄にこそ、ぜひ聞いていただきたい。今だから言える親父の経験談である。

HOME