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孫仁は嫁いで行ったときよりもおとなしい印象を持っていた。
庭の池を眺める彼女の横で、陸遜がぱきりと落ちた枝を踏んで鳴らした。その音に気づいた孫仁が顔を上げて陸遜を見る。
すぐに水面に顔を戻した孫仁は、陸遜の挨拶を待つふうでもなければ自分から挨拶をするふうでもなく、ただ池の魚が水面に立てる波紋を眺めているようだった。
「散策ですか」
陸遜の言葉が白々しく風に乗る。
「ここに来たのだから、私を探したのでしょう?陸殿」
陸遜は足を止めて孫仁を後ろから眺めた。
彼女の凛とした風格には、孫家の特徴をよく継いでいると感心する。近頃の孫珪にも思うことだが、兄の気まぐれに嫁に出されたり連れ戻されたりということに、憤りを持っているに違いないと陸遜は考えている。
だがひと言ふた言、言葉を交わして陸遜は愕然とした。
「見くびらないことよ、陸伯言」
つ、と孫仁が踵を返して、裙の裾を翻すようにして池を離れてゆく。
しばらくそれを見送ってから、陸遜は首を振った。
自分の結婚を厭うことのない男
陸遜のことをそう言った孫仁の声が、陸遜が池に来るまでの思考をすべて否定する。
いまだに自分は阿珪を疎ましいと思っているのか?
阿珪は義務で私の隣で起居しているのか?
陸遜は首を振った。
戸惑っているのはいつの間にか大人びた幼いが可愛らしい妻にだ。
そしてその妻は自分との結婚を意に染まぬものだと言ったことは一度もない。むしろ自分を慕ってくれているのだと感じられるだけの好意で帰りを待っていてくれる。
だが、と陸遜は考える。
その好意を両手で受け止めるだけの器量が私にあるのか?
「私はまだ、義父の亡霊との葛藤の底にいるというのに」
それだけが問題であったのだと、陸遜は天を仰いだ。
池から戻ろうとした陸遜が肩を触れるようにぶつかったのは、胡綜だった。
胡綜は孫権の幼馴染だが、呉に特色的な武官ではない。孫権の代筆をよくしている文官で、漢代ならば楽府に詩人として仕えていたに違いない才能の持ち主である。
「失敬」
言って立ち去ろうとする陸遜を、胡綜が「没事(どうってことはありません)」と言いながら振り返る。
「妹殿を口説くおつもりでしたか」
挑発的なことを言うのは、孫権と似ている気がした。官吏の中では同年代の男だが、あまり気安い仲とは言うことができない。そもそも呉軍というのは武官が、文官に頼らずに戦法を探し出してくるだけの知識がある。そのために文武官僚の仲が親密ではないのだ。
筆を持っているところを見ると、胡綜は池で詩でも作ろうとして来たのだろう。この青年は、武官の若手を相手に左伝講義を受け持つだけの知識を持っている。
「口説いてなどおりませんよ。尋ねてみたいことがあっただけです」
言って踵を返した陸遜は、胡綜がじっと自分を見ていることには構わずに庭を横切る。
胡綜は陸遜を見送ってひとつ嘆息した。
上を見上げれば、色づいた枯葉がゆらゆらと風に舞って降ってくる。
南京の秋は、紅葉した広葉樹が美しく深い青色の空に映える。
陸伯言、と胡綜は呟いて首を振った。
池の端に腰を下ろして胡坐をかき、胡綜は筆の尻を唇に当てる。
一生涯、自分が彼に尋ねたいことは口にできずに終わるのだろう、と胡綜は空を見上げて考えた。
あなたは先将軍が死んだときに、快哉を叫んだか?
そう、胡綜は陸遜に尋ねてみたかった。それは尋ねてはいけないことであると、自分に言い聞かせる。一度でも音にしてしまったら、言葉が戻ることはない。どれだけ後悔しようともだ。
言葉にはまじないの力がある。
古臭い考え方かもしれないが、胡綜が質問したいことは口に出して陸遜に尋ねることがあってはならない質問だ。春秋の昔、言葉と音は神を招くための道具だった。
陸遜が、自分の質問を肯定してはいけない。自分が、自分の疑問を肯定してはいけないのだ。
「仲謀よ」
主君にではなく、幼馴染に呼びかけるために、胡綜は字だけで孫権を呼ぶ。
「彼はまだ覚えているぞ、おまえの兄のこと」
忍耐を求めるためのものでもなければ、いまや従属を求めるための婚姻でもなくなった孫家と陸家との婚姻を胡綜は思う。
陸家のに、兄の娘を嫁がせようと思う
そう孫権が言ったのがつい昨日のことのように思える。胡綜はにたりと笑ったものだ。
そのとき、婚姻関係を結んで従属を確かなものにするのは、朱家のように自発的に従属してきた豪族ではない陸家にとって、孫家の信頼を得るための手段であったはずだ。そして孫権に意見を求められた胡綜もそれに頷いた。
孫権と胡綜の関係は、おとなしいものではあるが孫策と周瑜の関係と似ている。
春秋を読み込み、紀元前の政治と歴史を詰め込んだ胡綜にとって詩を詠むことも、孫権の物騒な相談に乗ることも息をするように自然なことだった。
あの陸家の男に尋ねるまでもない、少なくとも自分は孫策の死を喜んだ。陸伯言は、東呉の官僚の中に孫策の死を喜んだものがいるなど想像もしていないだろう
それも喜んだのは、孫策の崇拝者のように囁かれる孫権の、その幼馴染だ。
空から大地に目を戻して背後を振り返った胡綜の視界に陸遜の姿はなかった。
はあ、とひとつ息をついて、胡綜はもう一度天を仰いだ。
陸家の位置が、東呉の新興勢力の中でどれほどの位置を占めているかを、陸遜はどれだけ自覚しているのだろう。
孫策亡き後、東呉の勢力図も刻々と変化している。
孫策の幼馴染であった周瑜は一年と半年ほど前にこの世を去った。蜀の劉備と荊州を争っているのは孫権が孫呉を継いでから幕下に名を連ねた魯粛である。魯粛が荊州に行くまでの間、暫定的に孫策の時代から孫呉に属していた呂範が荊州を守っていたが、それも一時的なものだ。
東呉の面々は、孫策に服従したものではなく、孫権に帰属するものへと顔ぶれが塗り替えられてきている。陸家もそのひとつだと胡綜は見ている。
否。
孫策の時代から孫権の勢力へ、顔ぶれが変わってきている状況だからこそ魯粛や陸遜が重視されるのだ。
古参の重鎮にとって、魯粛は目障りだっただろう。
東呉が孫権のものになってから周瑜の引き合わせで東呉に従属した男だが、彼の行動は難解だ。いまや荊州の全権を求める孫権をてこずらせ、荊州を呉領と蜀領とに二分されたままの状況を許しているのは彼なのだ。だが胡綜は孫権をなだめる役を買って出ている。
魯粛のしていることは、武官にはじれったいだけなのだろうが、胡綜にしてみれば必然としか言いようがない。それは魯粛が完全な武官ではないから起こる駆け引きの妙なのだろう。
政治的な駆け引きとして、春秋に引けをとらないだけの状況を魯粛は作り上げた。
殺さず、活かさず、荊州で蜀領を守っている関羽という将軍が自滅的にじわりじわりと魯粛に首を絞められていく様子は、まるで宦官の趙高のために息の根を止められていく秦帝国の末期のようだ。
そして自分は、魯粛だけではなく陸遜が高位の武官として登用されるであろう機会を窺っている。左伝を読みつくして、これほど面白い時代に立ち会うことができる自分は幸運だ、と胡綜は微笑した。
魯粛、陸遜、このふたりが武官の重鎮に名を連ねることは、孫策の頃から孫呉に従っている一派に対する牽制にもなるのだ。
胡綜は文官の柄にもなく物騒なことを考えている自分に苦笑した。
古参の連中は孫権の手並みに舌を巻いて久しいに違いないが、それでも胡綜にとってはまだ足りないのだ。