日 限 三 体 地 蔵 尊


 昔、天正年間(1570年代)に会津藩藩主(現・福島県)第十二代芦名盛氏が、ある日、霊夢により「泥深い葦(あし)の中に埋まっているお地蔵さまを出すべし」との不思議なお告げを受けた。早速、盛氏は家臣を呼び鶴ヶ城城内の沼の中を探させてみると、なんと三体のお地蔵様が出現し、これを時宗西光寺(会津若松)に地蔵堂を建て安置した。(伝:高僧徳一大師作)
 日限(ひぎり)地蔵尊とは、特に三、五、七、の付く日に人々の平穏を祈願し、難病を救って長生きと貧しい人には福を与えた地蔵尊である。この霊験あらたなる日限地蔵尊のご利益にあやかる為、現在全国に100体以上ものご分身が彫刻され祀られているが、その多くは日限延命地蔵尊として一体のみ祀っている寺院が大半を占める。中でも、名刹、東京浅草の浅草寺の境内に残る最古(1628年)の六角堂に日限地蔵尊が祀られていることからも、昔、出開帳され、そのご利益があったことが推察される。
 西光寺にあった三体の地蔵尊は、現在、福島県会津若松市・西光寺、東京都港区白金・松秀寺、兵庫県明石市・法音寺の三つの寺院に各一体ずつ祀られている(下写真)。

 西雲寺縁起では、宝暦四年(1754年)小笠原石見侯の藩士松浦嘉太夫次周が、瓜二つの三体のご分身を彫り、とある高僧がその像を背負って諸国を行脚し、川越の地に立ち寄って西雲寺に納められたという。時に文化年間(1800年代)当山第十四世円風上人の代であった。おそらく、三体揃った形でお祀りしている寺院は少数であろう。そのご加護であろうか、今は絶滅した流行り病の天然痘に特にご利益があり不思議と治癒いたしました。諸々の病気にかかった時、地蔵堂に願かけに参り、お堂にある麻縄、塩をいただいて帰り、麻縄をその病人の首にかけ、塩を飲ませてみますと、病気が治るのです。全快した時には、貰った分の麻縄と塩を倍にして御礼としてお返しをしたと云われます。ですから、以前は麻縄、塩、それに小豆、だんごなどがいっぱい地蔵尊の前に供えられてあった。


西雲寺 日限三体地蔵尊
     
ご 利 益

 中央のお地蔵様は上求菩提(じょうぐうぼだい)の印を結び、衆生の進歩向上を祈念し、左には下化衆生(げげしゅじょう)の印を結び、私達の苦しみや悩みを救って下さり、右には般若梵匡(はんにゃぼんきょう)の印を結び、大乗の根本の経典は向上と救いの本(もと)であることをお示し下さっております。
 安産子育、学業成就、身上安全、交通安全、家内安全、商売繁盛当病平癒など参拝の皆様の多くの願い事を三体のお地蔵様が力を合わせて成就させてくださいます。


 関西の役者、曾我廼家楽円氏も信仰があり、次のような歌を残しています。

   「 三体の地蔵 五体に守護せられ 愛児の死をば守る大慈悲 」

今後、ご縁日を復興する予定です。

下の画像に触れると、ありがた〜い本家お地蔵さまが出現します。


法 音 寺
兵庫県 明石市
  


松 秀 寺
東京都 港区白金
         

西 光 寺
福島県 会津若松市
                 


松秀寺 蔵


鶴ヶ城 (会津若松)

 

鶴ヶ城第十二代城主
  芦名盛氏公 廟所(会津若松






絵 馬  西光寺 蔵


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