テレビ朝日報道番組「ザ・スクープ」存続を求める会の活動を支援していただいたみなさまへ

存続を求める会 世話人一同

2003年3月31日

「掘り起こしジャーナリズムの火を消さないで」――テレビ朝日で13年間続いた報道番組「ザ・スクープ」が2002年9月末をもって番組打ち切りになるという動きが表面化した際、われわれは、テレビ媒体を使っての調査報道の重要性の観点から、番組存続の運動を起こすことにし、みなさまと一緒に約9ヶ月以上にわたって活動を続けてまいりましたが、残念ながら、2003年3月末をもちまして、1つの区切りをつけることにしました。理由は、いくつかあります。
1つは、われわれがテレビ朝日に対して求めていた番組の毎週レギュラー番組化について、4月からの番組改編にあたっては実現しなかったものの、テレビ朝日が、3ヶ月に1回の「ザ・スクープ・スペシャル」という特別番組スタイルでもって年4、5回ペースで番組を継続させていく、という方針を打ち出し、実行しているため、とりあえずは、その状況を見守ることにする、ということ。
2つは、2002年8月24日に東京都内で行ったシンポジウム「テレビ番組は誰のものか? テレビ朝日報道番組ザ・スクープ打ち切りに問う」をきっかけに、新聞などのメディアでも、われわれの訴えるものが伝えられ、多くの視聴者の方々の共感を呼ぶと同時に、テレビ局関係者にも番組編成のあり方を考えさせるきっかけになったこと。
3つめとしては、とくにテレビ朝日に対して、2002年9月、そして2003年2月の2回にわたって視聴者の方々の番組存続を求める署名簿を手渡し、同時に、報道番組、とくに「ザ・スクープ」のような調査・検証報道番組の必要性を訴えた際、応対にあたったテレビ朝日経営陣からも、共通の問題意識を持っていること、視聴者の期待を裏切るようなことはしないことなどの確約を得たこと。
最後に、われわれの会の活動そのものについては、2002年9月の世話人会の話し合いで2003年4月までの期限を区切ったものにするということにしており、いったん区切りをつけ、今後は、新たな動きが出てきた場合に対応するというふうにすることにしたらいいのでないか、ということが世話人会で確認されたこと。
以上のようなことから、会の活動に区切りをつけることにしました。とはいえ、署名いただいた視聴者の方々、またシンポジウムに参加いただいた方々、さらにわれわれのホームページにアクセスしていただいた方々には、われわれ世話人の力不足で十分な対応ができなかったことについては、申し訳なく思っております。
われわれとしては、一時は、調査・検証報道番組を残すため、一種の番組トラストのようなものをやれないかとか、スポンサー企業に働きかけて存続を求めるか、あるいは新たな番組スポンサー企業を探すか、といったことを検討課題にあげましたが、活動を具体化できるところまでは至りませんでした。
また、時代を映して、インターネット上で「ネットシンポジウム」を開催し、報道番組のあり方を検証しようかということも検討しましたが、今後の課題にするというところで終わってしまいました。
ただ、われわれとしましては、2004年4月の番組改編時に、テレビ朝日側に問題視せざるを得ないような動きが出れば再びアクションを起こすという考えでおり、とりあえず、このホームページも残すことにしました。ただ、会自体は、いったん活動を終えることにし、今後は、「存続を求める会」有志が新たな事態に対応するということにします。
この場を借りて、約9ヶ月にわたるご支援に対して、お礼を申し上げます。


以下に世話人会メンバーからのコメントを紹介します。(敬称略。順不同)

「NYヤンキースの松井、イラク、北朝鮮の3つ以外のものを、なぜ、テレビは取り上げないのか」の声(ジャーナリスト 牧野 義司)
最近、あるところで「このごろのテレビのワイドショーやモーニング番組は、NYヤンキースの松井、イラク、北朝鮮の3つの話題以外のものを取り上げる気がないのかと思うほど、偏りがある。おかしいんじゃないか」という指摘がありました。言われてみれば、そのとおり。米国のイラク武力介入のもたらす問題については、その広がりから言って、テレビとしても、取り上げないわけにはいかないでしょうが、それにしても、どのテレビも似たような切り口で、パターン化してしまっています。そういえば、「ザ・スクープ」は以前、湾岸戦争時代に、メディアを通じた情報操作やメディアの報道のあり方などを取り上げ、調査・検証報道としてすばらしいという感じを持ったことを思い出しました。いま、松井選手やイラクや北朝鮮のカゲで埋もれてしまいかねない検証必要なテーマが多いはず。その意味でも、「掘り起こしジャーナリズムの火を消すな」ということを強調する必要があるということを痛感します。ただ、そのこととは別に、「存続を求める会」の打ち切りに際して、署名などをしてくださった視聴者の方々の期待に応え切れなかったことが、心残りです。)

「スクープ存続の取り組みにかかわって」(田島泰彦)

PTAなどによる俗悪番組批判はこれまでもあったが、番組は誰のものかと問い、いい番組は残せという要求を視聴者・市民が放送局に突きつける運動を起こしたのはこの国の放送史上、稀有の出来事だったろう。完全存続はならず、放送局の壁の厚さを痛感させられたが、局側もこの声をむげに無視できなかった。今回の取り組みは視聴者・市民とテレビ局との新しい関係構築の一つの方向と可能性を指し示しているのではないか。そこにテレビの惨状を克服する一筋の光を見出したい。

「一方向に流されない報道を」(成田和子)

ザ・スクープ放送継続のために視聴者として署名活動をし、多くの賛同をいただきました。その思いは番組のファンとしてだけでなく、われわれ視聴者が“報道番組をいかに大切に思うか”の意思表示でもあったはずです。 湾岸戦争時や北朝鮮のメディア操作を見ると、それが国民を動かす最大の手段になるのは明らかです。戦争が始まり、国外、国内の政治経済も波乱含みのこの時、一方向に流されない報道を望む視聴者の願いとして、今後は『ザ・スクープ特集』を録画し、できるだけ多くの人達と見続けて、視聴者の目で報道内容に意見、要望をして行きたいと思います。
 その歩みが来期の番組編成に反映されればと思いますし、視聴者としての意思表示を続けることにも意味があると思います。小さな運動ですが、賛同者は次にご連絡下さいませ。 FAX045ー251ー6612

「マス・メディアにおけるインフォームド・コンセント」 (藤田 謹也)
この度の「ザ・スクープ」存続を求める会の活動は、6ヶ月間という短い期間ではありましたが、まさに市民とマス・メディアとの関わりを問い直す重要な意味を持ったと思われます。
 従前、マス・メディアは、テレビ番組の改編、廃止を視聴率の高低によって決定し、そこにスポンサーの意向を反映させることはあっても市民の意向を反映させることはありませんでした。
 しかし考えてみればテレビ番組の対象は視聴者である市民であり、その市民の意向と無縁のところで一方的にテレビ番組の改編、廃止が行われることに素朴な疑問がありました。「ザ・スクープ」存続を求める会の活動は、このような状況の中から生まれたものです。
 このような状況と同じようなことが過去の医療現場でも行われていました。 すなわち強者である医師は弱者である患者に対し、患者の意向とは無縁に一方的に医療を施してあげるというaternalism(パターナリズム)が当然の前提とされていました。パターナリズムの考え方は、医師と弱者の対等の関係を前提としていません。従って、このような環境のなかでは、患者は医師に対して自らに施された治療の説明を求めることさえ出来ませんでした。
 ところが患者の地位の向上とともにインフォームド・コンセントの考え方が生まれてきました。インフォームド・コンセントとは、患者の自己決定権の前提となる医療機関の説明・同意の義務を指します。そして現在の医療現場においては、患者に対するインフォームド・コンセントの実施は当然のことと思われています。
 私は、このようなインフォームド・コンセントの考え方は、マス・メディアと市民との関わりを問い直す重要なキーワードになるのではなかと考えています。何故なら、マス・メディアの存立は、視聴者である市民に基礎を置いているのであり、視聴者である市民の意向を無視することは自らを否定することに他ならないからです。
 従って、現在のような危機的状況においては、マス・メディアが市民に対し、インフォームド・コンセントを積極的に実施することが必要であり、そのことによってマス・メディアは視聴者である市民との間に強い絆が生まれるものだと思います。
平成15年3月25日
                 「ザ・スクープ」存続を求める会
                  世話人  弁護士 藤 田 謹 也


「日本の映像メディアは危機に瀕している」(元木昌彦)
 ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を受賞した「ボウリング・フォー・コロンバイン」(監督マイケル・ムーア)を見て、今さらながら映像メディアの強さを知らされた。大手スーパーのKマートに、これからは店で銃弾を売らないと決断させたのも、全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンが嫌々ながら不躾なインタビューに答えたのも、映像メディアだからこそで、活字ではこうはいかなかっただろう。
 映像メディアがその持てる力を十分発揮するためには、志を持ち、大胆な取材力と緻密な構成力を持った人間がいなければできないのは言うまでもないが、どこを見渡しても日本の映像メディアの中にはそうした人材が見あたらないようだ。
 映像メディアの雄、テレビ然りだ。テレビはバラエティやドラマづくりのプロは育てるが、自前のジャーナリストを育てることにはカネも時間もかけない。だから、視聴率が取れない、スポンサーがつかないという理由で「ザ・スクープ」を止めてしまう。「ザ・スクープ」のような調査・検証番組の中で、そうした人材を育てていかなければ、いつまで経ってもテレビは「電気紙芝居」から脱することはできまい。

(中村梧郎)
 イラク報道が続いています。米軍はどこまで進んだか、イラク側を何人殺したか、米大統領が何と言ったか、精密誘導兵器の正確さ…などがくりかえし報じられます。報道統制のあげくの“発表情報”。しかし私たちが本当に求めているのは、これではありません。事実の背後にあるものをこそ知りたいのです。そもそも、なぜアメリカがイラクを攻撃できるのか、なぜ日本政府が積極支持するのかも未だに検証されたとは言えません。イラク空襲の被害実態も伝わってきません。でも、こうした事態を徹底調査し、検証報道を行うことこそがメディアの役割であり、私たちの期待なのです。毎週のザ・スクープさえあれば、と思うと無念です。最後まで復活を期待したいと 思います。