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(敬称略)


テレビ朝日常務・編成制作局長が回答書

3ケ月に1回のスペシャル編成で「ザ・スクープ」を継続
調査・検証報道をきちんと位置づけ守っていくことが課題と認識

「ザ・スクープ」存続を求める会  発起人世話人 藤田謹也様

2002年9月2日

 「ザ・スクープ」の10月期の編成に関し、視聴者各層からレギュラー番組としての存続を求める声をたくさんいただいていることについて、テレビ朝日といたしましては、本当にありがたいことと感謝するとともに、このような動きを真摯に受け止めております。

「ザ・スクープ」が長年にわたって実績を積み重ねてきた、社会正義の追求や、公権力の監視などの取材・放送は、テレビ朝日にとっても大きな財産であり、また使命であることを、あらためて痛感いたしました。
 10月編成において「ザ・スクープ」を、これまでの週1回の放送から、3ケ月に1回ほどのペースでのスペシャル編成(日曜日午後、1時間半)に移行することにつきましては、私どもも、正直、大変苦慮いたしました。

しかし現在、ローカル番組となっております「ザ・スクープ」を全国ネットとし、限られた資源の中で、一本一本の作品の質を落とさないために、取材の時間、投入するスタッフ、制作費などを現在よりも充実させていきたいと考えております。そして何より、その精神を大切に継承していきたいと思っています。

 「ザ・スクープ」の放送開始以来、鳥越キャスターのジャーナリストとしての姿勢は、テレビ現場のスタッフたちにも大きな刺激と目標を与えていただいております。特に仕事を共にさせていただいたスタッフは、局の内外を問わず、取材活動や表現をめぐるさまざまな問題において、適切なご指導をいただいてまいりました。このたび、「ザ・スクープ・スペシャル」と共に、情報系番組でのご出演もお願いしておりますのも、報道・情報の現場で、日常的にさらなるご指導をいただくことができればと考えたからです。これまでの蓄積をベースに、調査・検証報道の要素も盛り込んだ新たなニュースショーを構築していただけるものと確信しております。

今、メディアは大きな変革期にさしかかり、テレビを取り巻く環境もさまざまな意味で厳しくなっております。しかし、情報が過剰にあふれる時代だからこそ、調査・検証報道を日常的な報道活動の中で、きちんと位置づけ、守っていくことが、テレビ局に課せられた大きな課題だという認識や責任も強く感じています。そのための新たな枠組みの模索も必要だと思っております。

今回の「ザ・スクープ」の10月編成における放送形態の変更の趣旨を、是非ご理解いただくとともに、「ザ・スクープ・スペシャル」はもちろんのこと、テレビ朝日の報道・情報番組に対して、今後ますますのご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

テレビ朝日常務取締役
編成制作局長  早河洋


テレビ朝日「ザ・スクープ」番組存続を求める
声 明

マスコミの枠超えた視聴者・市民の声、テレビ朝日は真摯に受け止め存続の英断を

2002年8月24日
私たちは、テレビ朝日の「ザ・スクープ」が9月限りで打ち切られることに反対します。番組は、ひとり事業者のものではなく、視聴者・市民のものであります。その視聴者・市民の意見も無視して、今回、番組打ち切りを断行することは、明らかな視聴者への裏切りにあたります。
テレビ朝日は、マスコミの枠を超え、そして市民の中から多数の反対の意見が出されていることを真摯に受け止め、「ザ・スクープ」のレギュラー番組存続の英断を下すべき時期に来ています。今回打ち切り対象になった「ザ・スクープ」は、日本の民放テレビでは、数少ない報道特集番組のひとつとして、特に庶民の立場にたって権力に対峙する報道姿勢と、調査報道による掘り起こしや事実の検証を行い、13年間にわたり、社会正義の実現を追求してきました。
特に桶川女子大生殺人事件では、鳥越俊太郎キャスターらスタッフの粘り強い調査報道により、それまでメディアが興味本位に取り上げ新聞も片隅に追いやった事件だったものを、警察当局の捜査ミスを明らかにし、国を動かし、ついにはストーカー規制法を立法化させるまでに至りました。「ザ・スクープ」が、掘り起こしジャーナリズムという観点から地道な調査報道を行なわなければ、この事件は、封印されたままに終わっていたかもしれません。
このような報道姿勢が評価され、2001年の日本記者クラブ賞を受賞したことは、記憶に新しいことです。日本のテレビで、最初にダイオキシン問題を追及したのも、同番組であり、その他にも多くの疑惑事件の真相に迫る調査報道を続けてきました。
この番組の存在意義は、極めて重要です。
テレビ朝日は、今回の番組打ち切りに対し、7月25日付けの「テレビ朝日ザ・スクープ番組継続 を要求する声明」を発表したメディア総合研究所への回答として、「ザ・スクープは、週1回のレギュラーとしては、9月いっぱいで終了するが、番組としては終了するわけでない」こと、そして、「スペシャル枠として、3ヶ月に1回程度のペースで年間4、5回、全国ネットで放送する」旨の回答をされていますが、「ザ・スクープ」の権力に対峙する番組の姿勢や地道な掘り起こし報道姿勢にとって、レギュラー番組でなくなることは致命的であり、番組自体の能力低下も生むことは必定です。このような曖昧な番組の存続の形に対しては、私たちは、反対せざるを得ません。
今回の事態は、放送ジャーナリズムの衰退を象徴するできごとです。日本社会の現実に批判のメスを入れ、問題を提起する地味な番組が次々と消え去り、全体として面白志向、娯楽番組に傾斜する放送界の現状は、特にメディア規制法が議論されているさなかであり、極めて憂えるべきべき事態というほかありません。
報道こそ民放の命脈です。メディア規制法の1つである個人情報保護法案は、「報道機関が報道の用に供する目的で、個人情報を取り扱う場合」の例外規定を置いています。 この例外規定について、民放、たとえばTBSは、「放送で言えば、バラエティ、ドラマなどの扱いがあいまいであり、行政介入のおそれがある」などと批判していますが、一般市民の言語感覚としては「バラエティ」や「ドラマ」は、報道とは言えません。「曖昧」と善解するような立場では、権力の牙に民放は勝てません。世論の不信を背景にしたメディア規制法に対抗する最善の道は、社会に不可欠な民放の存在意義を視聴者・市民が確認できる積極的なジャーナリズム活動です。
テレビ朝日は、自身が、民主主義社会の推進のために果たすべき「報道機関」としての「放送会社」であることの存在意義を、もう一度再考し「ザ・スクープ」の重要性を再認識され、また権力監視、社会正義の追求をめざす調査報道の必要性を深く考え、「ザ・スクープ」の打ち切りの決定を撤回されたうえで、その存続の英断を下されることを、そして日本の民間放送ジャーナリズムに、良心の火をともし続けられることを強く希望します。

テレビ朝日報道番組「ザ・スクープ」存続を求める会
(発起人世話人 弁護士・藤田謹也)


■メディア総合研究所(声明はこちら

「ザ・スクープ」は9月で終えるが、引き続き特別番組で「精神」を継承―テレビ朝日がメディア総研への質問状で回答

メディア総合研究所(岩崎貞明事務局長)がテレビ朝日に対して、報道番組「ザ・スクープ」の存続を文書で求めたところ、テレビ朝日の編成政策局長の早河洋常務が8月2日付けで同じく文書で、「週1回のレギュラーとしては、今年9月いっぱいでで終了しますが、番組としては、引き続きスペシャルとして、継続していきます。その精神は大事に継承していきます」という趣旨の回答を行なっている。

以下は、その回答内容。

私どもは、長年にわたって、社会正義の追求、公権力の監視などを番組の存在意義と認識し、取材・報道を続けてきました。その成果の1つとして、桶川女子大生殺害事件など、社会に衝撃を与える“スクープ”も、世に送り出すことが出来ました。
「ザ・スクープ」は、週1回のレギュラーとしては、今年9月いっぱいでで終了しますが、番組としては、終了するわけではありません。秋以降は、1)これまで以上に時間と人をかけた深い取材、2)社会に埋もれる題材のさらなる掘り起こし――をテーマに、新たに85分のスペシャル枠として、日曜日の午後帯に、3ヶ月に1回程度のペースで、年間4〜5回、全国ネットで放送します。(現行「ザ・スクープ」は、原則、東京ローカル番組です)
確かに、レギュラーとしての「ザ・スクープ」は、終了します。しかし、引き続き、スペシャルとして「ザ・スクープ」は継続していきます。その精神は大事に継承していく考えです。また、放送枠が、現行の土曜日午前帯から、日曜日午後帯に変わり、全国ネットで放送することで、より多くの視聴者のみなさまにご覧いただけると思っております。
これまで以上の応援をお願いします。
番組終了後の今後の放送予定は、2002年11月24日(日)、2003年2月2日(日)午後 2時〜3時25分です。

●テレビ朝日「ザ・スクープ」継続を要望する声明

われわれ「存続を求める会」の発起人の田島泰彦上智大新聞学科教授、元共同通信編集主幹はじめメディア関係者、ジャーナリズム研究者らでつくるメディア総合研究所も既に7月25日にテレビ朝日「ザ・スクープ」継続を要望する声明を出している。その声明内容は以下のとおり。

テレビ朝日「ザ・スクープ」が9月限りで打ち切られようとしている。日本の民放テレビで数少ない報道番組の1つとして、権力監視、社会正義の追求に果たしてきたこの番組の存在意義は大きい。とくに桶川女子大生殺人事件では、鳥越俊太郎キャスター以下の粘り強い調査報道で警察の捜査怠慢を暴露、同時にマスコミによる被害者の人権侵害を指摘、2001年の日本記者クラブ賞を受賞した。
日本のテレビで最初にダイオキシン問題を追及したのも同番組であり、その他にも多くの疑惑事件の真相に迫る調査報道を続けている。放送作家の石井彰氏は「打ち切りで喜ぶのは、この番組で真実の姿をさらしてきた腐敗堕落した警察・検察と、悪徳政治家や官僚たちである」と断じている(東京新聞、7月2日付け)。
このような番組が消えるのは、放送ジャーナリズムの衰退を象徴する。日本社会の現実に批判のメスを入れて問題提起をする地味な番組が次々と消え去り、全体として、面白志向、娯楽番組に傾斜する放送界は、民主主義社会の推進のために果たすべき放送の役割を軽視・放棄していると言わざるを得ない。
私たちは、激しい企業競争の中で、高視聴率をとりにくいこの種の番組を、これまで存続させてきたテレビ朝日の「志」と努力を高く評価するものである。しかし、放送の公共性を考えれば、番組はひとり放送事業者のものではなく、視聴者・市民のものである。これまでも幾たびにわたり放送時間枠の変更を乗り越え、熱心な視聴者をひきつけてきた同番組の力量を考えれば、今回の打ち切りは、そうした視聴者への裏切りとも言える。私たちは、「ザ・スクープ」が存続を維持し、今後も日本の放送ジャーナリズムに良心の火をともし続けることを期待して止まない。
同時に、この際、日本の放送界が、この種の番組の重要性を再認識し、権力監視、社会正義の追求をめざす調査報道の必要性を深く考えることを提起する。世論の不信を背景にしたメディア規制諸法案に対抗する最善の道は、社会に不可欠なメディアの存在意義を視聴者・市民が確認できる積極的なジャーナリズム活動であることを強調したい。
賛同者(50音順)
梓澤和幸、飯田正剛、壱岐一郎、石川明、石川旺、伊藤洋子、岩崎貞明、音好宏、香取淳子、上滝徹也、小玉美意子、志賀信夫、鈴木みどり、須藤春夫、関千恵子、田島泰彦、谷口源太郎、茶本繁正、服部孝章、原寿雄、黄盛彬、藤久ミネ、前澤猛、松田浩、丸山重威


■中村梧郎(岐阜大学教授、フォトジャーナリスト)
●商業的モノサシのみで淘汰されることに、いても立ってもいられない

ザ・スクープが打ち切られると聞き、愕然といたしました。
常に正確で真摯な調査報道を続けているザ・スクープは、ある意味でテレビ朝日の良心の象徴であります。番組は、しばしば国会をも揺るがしつつ、数多の局面で市民の人権を守りぬくものであったことを視聴者は熟知しています。にもかかわらず、こうした報道番組が“視聴率”という商業的なモノサシのみで淘汰されてしまう事態には、いても立ってもいられないものを感じます。たとえ民間放送であっても放送は公共性を背負っております。報道というものの一つの役割は権力や社会の不正・腐敗を検証、監視してゆくことにあります。そうした責務を果たす番組を潰してしまうのでは、テレビ朝日のみならず、日本のジャーナリズム全体の見識が問われることになりかねません。
番組の継続を心より念願するものです。


■元木昌彦(講談社)
●突然の終了はメディア規制の動きと無関係と思えず

週刊現代やフライデーの編集長をやってきた者です。上智の田島さんもよく存じてます。 今回の「ザ・スクープ」突然の終了は、今の小泉政権がごり押ししている「メディア規制」の動きと無関係とは思えません。
この次は「サンプロ」終了へと続く第一歩かもしれません。ここで踏ん張らないと、打ち寄せる「メディア攻撃」の波は止められません。
賛同者に入れてください。何かできることがあればいつでも言ってください。
よろしくお願いいたします。


田島 泰彦(上智大学教授)
●愚直にジャーナリズムを追い続ける番組、他に見当たらず

今のテレビを見て失望することが多いが、そういう中にあって、「ザ・スクープ」 の存在は本当に貴重だといつも思う。これほどある意味で愚直にジャーナリズムを追い求めようとしている番組は他にあまり見当たらないからだ。私自身も坂本弁護士事件やメディア規制問題で出演させていただいたことがあるが、問題に真正面から切り込もうとする鳥越さんやそのスタッフの姿勢に接し、テレビの現場でもまだジャーナリズムが死語になりきってはいないことを実感し、救われた思いがした。桶川ストーカー事件の執念の取材・報道は、テレビジャーナリズム可能性を世に示して余りある。見事というほかない。徹底して現場にこだわり、権力におもねらず、異論を大切にするその姿勢は、ジャーナリズムの原点そのものであり、今の日本のメディアにもっとも求められるスタンスである。こうした番組を打ち切ることは犯罪的と言っても過言ではなく、怒りを禁じえない。編集権は放送局にあるが、視聴者・市民の支持なしには放送という営みが存立しえないのも確かである。こういう番組を維持できるかどうか、私たち市民の力が試されている。知恵と力を結集して、ザ・スクープの存続をかちとろう。


■猪野 憲一(桶川ストーカー殺人事件の被害者、詩織さんの父親)
●価値ある報道番組、消されようとしていることに憤り

愛する娘が殺害され、私たち家族や親族、友人が傷心の最中に、警察と一部マスコミはこの事件を妙な方向に進めていきました。
警察は娘の名誉を汚し、おのれの組織防衛のため事件を改ざんし、弱い一市民を、小さな家族を抹殺しようと画策していました。危うく二重三重の被害にあうところでした
鳥越さん他「ザ・スクープ」のスタッフの粘り強い行動力と、社会正義を貫く報道姿勢が、警察の不正を暴き、国会での問題にまで発展させ、警察の襟を正させたのは、日本国民の周知の事実であり賞賛されるものであります。
またこの事件の真実を報道したことにより、ストーカー規制法が、娘の誕生日に成立し、同じような被害にあう多くの女性たちに、大きな現実的な力を与えたことになりました。
このような価値ある報道番組が消されようとしていることに、激しい憤りを感ぜざるを得ません。妙な方向に日本が進んでいくことを、断固やめさせようではありませんか。


■原 寿雄(共同通信元編集主幹)
●日本の現代放送ジャーナリズムに金字塔を打ち立てたのに

昨年の日本記者クラブ賞に私は「ザ・スクープ」を推薦した。それは、この番組が6回にわたって桶川女子大生殺人事件の真実に迫る調査報道番組を続け、警察の不当不正な捜査の実態を明るみに出したジャーナリスト・スピリッツに感動したからです。報道陣の大勢は警察発表を疑わなかったばかりか、被害者の名誉を毀損する人権無視の取り上げ方をしていた。そのため両親は長い間マスコミを忌避し、被害者側が8回も捜査を求めたにもかかわらず警察が動かず、逆に告訴取り下げを迫っていた事実も隠されていた。
そういう状況の中で鳥越俊太郎キャスター以下の「ザ・スクープ」担当者たちが、粘り強い努力で両親を説得、ついに権力悪の摘発に成功した。その前もその後も、この番組は権力ウオッチの調査報道を続けており、日本の現代放送ジャーナリズムに輝かしい金字塔をうちたててきた。
視聴率の取りにくいこのような地味な番組の存続に、テレビ朝日が苦慮しつづけていたことは十分推察できるが、だからといって中止になるのは日本社会の大きな損失であり、残念でならない。「ザ・スクープ」が新聞・放送を問わず、困難な環境の中で真実追究を目指すジャーナリストたちに、励ましと勇気を与えてきた功績も強調したい。鳥越氏らスタッフの今後の健闘を祈る。


■藤田 謹也(弁護士)
●報道番組打ち切りに視聴者の声の反映を

 今年の3月、アメリカの3大ネットワークの一つABCの報道番組「ナイトライン」のキャスターのテッド・コッペル氏が視聴率の低下を理由に番組とともに更迭されるというニュースが、ニューヨークタイムズ紙にスクープされました。しかしアメリカではABCの一方的なこの更迭に対して、世論がABCを非難し、テッド・コッペル氏は、ナイトラインを継続することで、落ち着きました。
 ここで大事なことは、アメリカにおいては、良質な報道番組をなくしてはならないという世論がテレビ局を動かして良質の報道番組は継続されることになりましたが、同様なことが日本でも起こりうるかということです。
 今までの日本のテレビ局の慣例からすれば、たとえ報道番組であってもテレビ局は、「視聴率」や「経費の負担」という経営者の論理を全面に出して、一方的に番組を打ち切ってきましたし、そのことにテレビ局も視聴者も何の疑問も持ちませんでした。
 しかしこれからは違います。アメリカの前例のように民主主義の重要な担い手であるテレビ局は、視聴者に真実を伝えるという強い公共性の立場から報道番組打ち切りの判断の中に視聴者の意見をも入れて考慮すべきだと考えます。
 それを実践するためには、アメリカの視聴者のように一人一人が大きな声を出して報道番組「ザ・スクープ」の存続を求めることが大事ことだと思います。日本においても良質な報道番組の存続に視聴者の声が届くかどうか、今回が民主主義の成熟度を測る重要なテストケースだと思います。
 多くの視聴者からの声をお待ちしています。


■牧野 義司(ロイター通信日本語ニュースサービス編集長)
●視聴率重視のテレビ局経営に腹立たしさ、事態打開に「新しい風」を

13年間も続いたテレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」がなぜ、打ち切りになるのか、率直に言って、未だに理解出来ない。
いま、視聴者の1人として、テレビのニュース番組、報道番組、ワイドショーなどを見ていて、「その日暮らし」と言ったら異論があるかもしれないが、どこか状況に流されて安易につくっている番組が目立つ。とくに、ニュース番組自体が、ワイドショー化して、ただ面白おかしく話題性だけをアピールするようなものになっている。
もっと言えば、テレビというマスメディア媒体が、その独特の機能を活かせないどころか、ジャーナリズムという視点を半ば放棄し、文字どおり視聴率確保に走っているきらいがある、と言っても過言でない。
もちろん、テレビが、娯楽番組を持ち、視聴者に息抜きの場をつくってくれることに異論はない。しかし、テレビが映像、マスメディア媒体として、いい意味で影響力を行使できるのに、それを使いこなさず、安きに流れていることが問題なのだ。
その意味で、私自身は、「ザ・スクープ」については、調査報道に徹して、新聞や週刊誌が取り上げていない問題を、現場に入って、いろいろな人達の証言を取りながら、真実を浮き彫りにしていくのを見て、これこそがテレビによる掘り起こしジャーナリズムなのだ、と思った。
かつて新聞が丹念に調査報道を行い、一気に、世の中を震撼せしめる大事件にしたリクルート事件をご記憶だろうか。私自身、当時、新聞社の経済部記者という畑の違う分野にいたが、この事件にかかわる企業人、政治家などの名前が浮かび上がり、しかも錬金術の仕組みが明らかにされていくのを見て、これこそが掘り起こしジャーナリズムだと思った。
「ザ・スクープ」が、テレビという機能を使って、その掘り起こしジャーナリズムに迫っていこうとしているのに、視聴者の1人として、強い感銘を受けていた。それだけに、今回の放送打ち切りに関して、テレビ局の経営姿勢に腹立たしさを感じた。そこで、この際、「いい番組を引き続き見たい」「しっかりとした姿勢を貫いてきた番組の火を消してはならない」という視聴者の声をテレビ局にぶつけていくアクションを起すことが重要だ、とも感じた。
――こういった心意気に、共鳴していただければ、幸いです。ぜひ、「新しい風」を起しましょう。


■紀藤 正樹(弁護士)
●民放「ニュースの良心」とも言える番組の終了はきわめて遺憾

9月末で、ザ・スクープが終了するという。
民放系「ニュースの良心」とも言えるこの番組が終了することは、メディア規制法が議論されているさなかでもあり、きわめて遺憾というほかない。
メディア規制法の一つである個人情報保護法案は、「報道機関が報道の用に供する目的で、個人情報を取り扱う場合」の例外規定をおいている。この例外規定について、民放、たとえばTBSは、「放送で言えば、バラエティ、ドラマなどの扱いがあいまいであり、行政介入のおそれがある」などと批判するが、しかし一般市民の言語感覚としては、「バラエティ」や「ドラマ」は、報道とは言えない。「曖昧」と善解するような立場では、個人情報保護法案の荒波に、民放は押し切られてしまう公算が強い。
報道こそは民放の命脈である。「バラエティ番組」や「ドラマ」は報道とは言えないことを民放は心しなければならないと思う。
ザ・スクープの打ち切りの決定は、この際、撤回したうえで、民放、特にテレビ朝日の存在意義をもう一度検討していただきたいと思うのである。

 

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