緊急シンポジウム情報ページ UPDATE 2002.9.6
朝日新聞(アサヒ・コム)から
「民放の良心」 テレ朝「ザ・スクープ」存続求めシンポ
(8/24)
毎日新聞(Mainichi INTERACTIVE)から
緊急シンポ: 「テレビ番組は誰のものか?」で活発な議論 (8/24)
「テレビ番組は誰のものか?テレビ朝日「ザ・スクープ」打ち切りを問う」
緊急シンポジウムの記録を公開いたします。
日時 2002年8月24日(土)午後1時から
場所 東京市ヶ谷・自動車会館1F会議室
2002年8月24日、「テレビ番組は誰のものか?――テレビ朝日『ザ・スクープ』打ち切りを問う」と題した緊急シンポジウムを、都内市ヶ谷の自動車会館1F会議室にて開催いたしました。会の立ち上げからシンポジウムまで、時間がなく、告知も十分に行えなかったにもかかわらず、定員100名のところ、180名もの来場者があり、立ち見も出る盛会となりました。
まず、発起人代表として、弁護士の藤田謹也氏が、開会の挨拶および、「存続を求める会」の立ち上げの趣旨と経緯の説明を行いました。(発言順インデックスです)
▼藤田謹也氏(弁護士)
▼中村梧郎氏(岐阜大学教授・フォトジャーナリスト)
▼加藤久晴氏(東海大学文学部広報メディア学科教授)
▼原寿雄氏(元共同通信社専務理事・編集主幹)
▼猪野憲一氏(桶川ストーカー殺人事件で犠牲になった猪野詩織さんの父親)
▼吉永春子氏(現代センター代表、元TBS報道総局専門職局長)
▼紀藤正樹氏(弁護士)
▼田島泰彦氏(上智大学教授)
▼黒岩祐治(フジテレビ「報道2001」キャスター)
▼中村氏
▼加藤氏
▼原氏
▼猪野氏
▼吉永氏
▼紀藤氏
▼岩上安身氏(フリージャーナリスト)
▼元木昌彦氏(元『週刊現代』編集長。現『Web現代』編集長)
▼成田さん(主婦)
▼女性
▼大学生 男子
▼女性
▼上田哲氏(元社会党代議士)
▼サンデー毎日記者 男性
▼ビデオジャーナリスト
▼田丸美寿々氏(TBS「報道特集」キャスター)
▼TBS「ニュースの森」松原編集長
▼古川氏 「ザ・スクープ」の元プロデューサー
▼鳥越氏
▼紀藤氏
▼中村氏
▼加藤氏
▼原氏
▼猪野氏
▼田島氏
▼牧野義司氏(ロイター通信社・日本語サービス編集長)
▼藤田謹也氏(弁護士)
「『ザ・スクープ』は、桶川ストーカー殺人事件における警察の捜査ミスを暴き、ストーカー規制法成立のきっかけをつくったり、田中真紀子の秘書給与問題をいち早く取り上げるなどの調査報道を行ってきました。ところが、検察庁の調査活動費問題(いわゆる調活)を取りあげようとしたところで、突然の打ち切りとなりました。国家権力と対峙してきた番組が打ち切られるのはなぜか、メディア総研が出した質問に対する、テレビ朝日早川編成局長の回答では、明確な理由は述べられていません。国民の知る権利として、打ち切りの理由を問いたい。また、テレビ朝日は、放送打ち切りの理由を説明する義務があります」
続いて行われたシンポジウムは、田島泰彦氏(上智大学文学部新聞学科教授)が司会をつとめました。
〈パネリスト紹介〉
▼中村梧郎氏(岐阜大学教授・フォトジャーナリスト)
「私と番組とのかかわりは、1994年のダイオキシン問題からです。ベトナムでの前例を軸に、日本ではどうなのかを調べました。1995年10月に最初に『ザ・スクープ』でこの問題を取りあげた際は、厚生省は「『焼却炉汚染の調査をする必要は無い』と答えていましたが、しかし、翌年3月の放送時には、手の平を返したように『調査に乗り出す』とと言い出しました。番組が追及を続けたことで厚生省が変化したわけです。
現在は、『ザ・スクープ』のような、圧力に屈しない報道検証番組が減ってきており、テレビ番組がエンターテイメントに傾いてしまっています」
▼加藤久晴氏(東海大学文学部広報メディア学科教授)
「私はかつて日本テレビで『NNNドキュメント』を制作しておりましたが、圧力によって企画していた番組が流せない状況になった経験があります。具体的な例をあげると、タバコの害をテーマとした番組を制作していたところ、局の上層部から放送中止を命じられたことがありました。こうした圧力に屈せず、市民から放送局へ働きかけ、放送させていくという姿勢が大切であると思います」
▼原寿雄氏(元共同通信社専務理事・編集主幹)
「現在の私は、フリージャーナリストもどきです。主として、お目付役的な仕事をしております。民放連放送番組調査会を6年、2000年4月から放送と青少年委員会委員長をつとめ、新聞・放送に対して批判を行ってきました。
去年の日本記者クラブ賞に、私は鳥越氏を推薦しました。『ザ・スクープ』は現代ジャーナリズムのあり方に一石を投じ、報道被害から公的規制、権力監視と、攻めのジャーナリズムを実現してきたからです。
放送は、独り事業者のものではない。番組を作るジャーナリストたちのものでもない。視聴者、市民のものである。米国にはFAIR(Fairness and Accuracy
In Reporting=報道における公正性と正確性)という、ジャーナリズムに対して働きかける市民運動がありますが、同様の運動が日本でも発展することを願います」
▼猪野憲一氏(桶川ストーカー殺人事件で犠牲になった猪野詩織さんの父親)
「あと2ヶ月で、娘が死んで3年になります。犯罪被害者の立場から、話をしたいと思います。
事件後は、被害者の家族の顔を撮ろうと、朝6時から夜中12時までマスコミが大勢やってきました。娘を殺害された被害者への思いやりが、彼らにはまるでない。数ヶ月間、マスコミと遮断された生活をしていましたが、その間、マスコミによって、詩織のことを『風俗嬢』とか、嘘ばかり、面白おかしく脚色された話を流されました。
ですから、『ザ・スクープ』の取材を受けるまでには、時間がかかりました。報道なんてウソっぱちと思っていたからですが、その壁を切り崩したのが、鳥越さん御本人でした。鳥越さんと出会って、話をするうち、『鳥越さんにならば、話してもいいんじゃないか』と思い、真実を述べる気になったのです。思った通り、鳥越さんと『ザ・スクープ』は、きちんと私達の話を聞いてくれて、きちんと放送し、警察の不祥事を暴いてくれました。
マスコミは、ただ人の家に押しかけて、マイクを突きつけるのではなくて、取材相手に切り込んでいくには、まず取材対象者との人間的なふれあいがないと、ダメだと思います」
▼吉永春子氏(現代センター代表、元TBS報道総局専門職局長)
「私は、TBSでドキュメンタリーを作ってきました。ここは『ザ・スクープ』を持ち上げる場だとすると、自分は場違いなのかなと思っています。私と『ザ・スクープ』とのかかわりは愉快なものではありませんでした。7、8年前のことです。中国での臓器売買をテーマとした番組の一部にやらせがあり、その過ちを訂正し、検証する番組に、検事的な役割で参加せよ、といわれました。私は断りましたが、押し切られてしまった。この過ちを経験した後は、丁寧な取材をしていると思う」
▼紀藤正樹氏(弁護士)
「私と番組とのかかわりは、法律的な問題のアドバイザー役で、主として裏方で活動してきました。桶川事件のときには、『告訴は一度取り下げたら二度と同じ案件では告訴できない』という条文についてアドバイスしたことがあります。警察の捜査現場では、当たり前のように行われているが、これは違法です。にもかかわらず、そういう違法行為が捜査現場では横行しているのです。
権力に対して、取材の成果をぶつけていき、答えを引き出すのが、報道検証番組のあり方だと思います。そういう番組は、毎週、継続的に取材して放送するからこそ、効果がある。年に数回のスペシャルとしての放送だけではダメだと思う」
パネリストの発言が一巡したところで、司会の田島氏からも、番組とのかかわりについて発言がありました。
▼田島泰彦氏(上智大学教授)
「私は、TBSと、オウムが引き起こした『坂本弁護士一家殺人事件』の問題で、この番組とかかわりをもつようになりました。『ザ・スクープ』は、現場にこだわった取材をするが、ニュースソースから一定の距離も保っている。皆が右といえば、左を向く。こういう報道番組があることで、日本のジャーナリズムのあり方を問い直すことにもなっていると思います」
ここで、会場に姿を見せていた、フジテレビ・キャスターの黒岩氏が、司会の田島氏の指名により、スピーチすることになりました。
▼黒岩祐治(フジテレビ「報道2001」キャスター)
「他局ですが、同志という思いがあります。上司から叱られるかもしれないが、その場合は『ザ・スクープ』がつぶれたあとに『ドラえもん・スペシャル』をもってこられたら、裏番組としての脅威ですからと、言い訳しようと思っています(笑)。
『ザ・スクープ』の打ち切り問題は、民間放送全体が抱える問題だと思い、あえてここにやってきました。視聴率が厳しい中でも、『志』をなんとか守りたい。私は、報道の前に営業に配属されていたことがあるので、視聴率が少しでも下がると、スポンサーに対する営業が大変だというのは、良く分かっています。だが、低視聴率だから番組を切る、ということだったら、テレビの『良心』を誰が担保するのか。
しかし、ある意味では、『ザ・スクープ』はうらやましい。私のやっている『報道2001』が終わるとき、こんなに人が集まって、打ち切り反対を唱えてくれるだろうか(笑)。
鳥越さんとは、私が夕方の『スーパータイム』を担当していたとき、裏番組で競いあったことがあります。ライバルとしては脅威であり、また、触発もされました。そこで私達が展開したのが、『救急医療キャンペーン』でした。だからこそ、同士という思いがある。自分が今日、ここに来ることによって、少しでもアピールできれば、と思います。民間放送の『良心』と『志』を考え、今日は意を決してやってきた次第です」
黒岩氏のスピーチのあと、再びパネリストの発言が続きました。
▼中村氏
「テレビ番組の量(時間)は拡大するでしょうが、中身はあるのだろうか、と思います。エンターテイメントに傾いていき、本来のジャーナリズムが、なくなるのではないか。出来事の背景に何があるか、検証と調査が求められているのですが。視聴率でなく、視聴質がとれないだろうか。仕事の重み、視聴者の期待に応えるような仕組みが必要です。権力や社会の不合理に対して監視してきた『ザ・スクープ』の火を消してはならないと思います」
▼加藤氏
「放送局は外からは、傲慢に見えるが、本当はナイーブで、とても弱い。『NNNドキュメント』で問題になったのは、職場のタバコの煙をテーマとした番組だった。しかしスポンサーとしてJTがついて、40億円から50億円ものお金が出て、圧力がかかりました。番組も公共の財産であるということを、テレビ局に認識させるべきです」
▼原氏
「報道機関の中で、いい記事を書いても、圧力を受けて表に出ないということは、よくあること。しかし、そういう弾圧があったという事実は、社内に抵抗する力がなければ、表には出ない。皆さんが気づくこともありません。だが、内部における抵抗の戦いを支えるのは、外からの力、つまり一般市民の力です。テレビ局には、視聴者のニーズがあるから、視聴率が取れるのだという、居直りがあります。たしかに民放は商業主義である以上、視聴率は見過ごせないけれども、視聴者に迎合しすぎている。
昨年の『9・11』同時多発テロ事件以降、ブッシュ米大統領は、戦時体制を築き、日本もインド洋で一歩、足を踏み込んでしまった。有事法制もその一環です。視聴率至上主義では、権力監視、社会正義の追及が十分にできません。そもそも報道されていない事柄については、一般の人々が議論することすらできない。
今、日本にはタブーが4つあります。第1に天皇制。昭和天皇の戦争責任の追及は、マスコミのタブーとなっている。第2に、日本の独立、つまり日米安保の問題。第3にメディア規制法。これは創価学会および公明党の手助けが大きい。第4に検察の捜査の政治性。当局の発表を、そのままたれ流す『発表報道』の影に、ジャーナリズムの触れない聖域がある。
今こそ、『事実は真実を隠す』というセルバンテスの言葉を、私は思い起こします」
▼猪野氏
「今、私たちは、埼玉県警を相手どって、裁判を起こしています。事件当時、警察が真摯に行動していれば、詩織は殺されずにすんだかもしれない。実際、事件の後に、その当時の警察のトップが私たちに泣いて謝罪しました。しかし、裁判になると、警察は一転して、この事件の責任は自分達にはなかったと言いはじめました。『親ならば、娘が心配ならなぜ親戚に預けなかったのか、悪いのは親だ』、とまで言われました。警察は、『雑誌にあんなことを書かれちゃ困る』などと、法廷で平気で言います。個人が警察を訴えるのは、大変なことですよ。こちらは圧倒的に弱い。そこで、マスコミがきちんと伝えてくれることで、世論が動いてくれると、大きな力になります。それを司法も見ている。『ちゃんとしたマスコミが、活躍できる場』を市民が育てていかなければならないと思います」
▼吉永氏
「テレビとは、いったい何か。安らぎと楽しみ、知識への誘い。土・日に子供といっしょになって見る笑い。そうしたテレビから、十年くらい前から変わってきて、異常に経常利益を追求するようになってきました。視聴率が下がり、スポット料金が落ちると、たちまち制作費が1割、2割カットされる。視聴率の勝ち負けが競争をやっている限り、テレビはどうなるのか。『いいものを伝えていく』感覚より、利益を追求する傾向にあります。
ドキュメンタリーはなぜ嫌われるのか。権力の問題にふれそうだと、事なかれ主義に流れる。その流れを食い止めるには、市民の力しかありません。ゴールデンタイムに、ラーメン情報ではなく、本当のニュースを正確に知りたいという人は少なくないはず。その熱気を続けるためにも、テレビ局への監視をお願いしたい」
▼紀藤氏
「今のニュースは、基本的に事件報道なんです。事件が起きないと、報道しない傾向にある。自分自身が取材を受ける側になることが多いので、それを痛感します。たとえば、事件になりそうなことをマスコミ関係者に話すと、『記者会見を開いてくれ』とか、『絵になる行動はないのか』といった要求をしてくる。節目をつくってもらいたがる。実は、常に節目を作って、メディアに提供しているのは、権力側なんです。記者クラブにおいて、当局が開く定例会見などは、まさしくそうした『節目』であり、それを作ってやらないと報道機関は流そうとしない。
テレビでよく、裁判所に弁護士が訴状をもって入ってゆくシーンが流れますが、あんなことは現実的にありえないんです。あれはヤラセ。映像を意図的に作ることが、現場では当たり前のようにまかり通っているんです。
私は、報道には、記者クラブルートで発表された情報を流す『発表報道』と、『検証報道』と2種類あると思う。『ザ・スクープ』のスタッフは、遊軍記者で構成され、発表された報道に、さらに検証を加えていました。これこそ『評価報道』です。メディアは、政治家との関係や、クラブの壁があって、自主規制がかかり、発表ジャーナリズムに陥りやすい。テレビを報道機関と思っている日本人が、はたしてどれだけいるだろうか、と思う。テレビ関係者は、報道機関の使命を果たしてほしい。
1日だけ20分の報道では大した事はできません。大切なのは継続する報道です。今回の『ザ・スクープ』打ち切りによって、他局への影響が出るのではないかと危惧しています。打ち切りの流れで発表報道ばかりになりはしないだろうか……」
ここで、司会者の指名によって、発起人のうち、シンポジウムに参加していなかった岩上安身氏(フリージャーナリスト)と、元木昌彦氏(元『週刊現代』編集長。現『Web現代』編集長)が、それぞれ発言しました。
▼岩上安身氏(フリージャーナリスト)
「このシンポジウム会場には、今、三種類の人達が集まっています。ひとつは、『ザ・スクープ』に出演したり、番組制作に協力するなど、番組との関わりがあったり、鳥越さんとのおつきあいがある方々。もうひとつは、番組の支持者やファンの皆さん。この両者は、番組存続という点で、一致しています。そしてもうひとつは、同業者のマスコミ関係者。三番目は立場が複雑です。マスコミの世界は、競争が大変激しい世界です。抜いた、抜かれたという、『スクープ合戦』を繰り広げており、同業者は皆、ライバルなのです。手強いライバルは、いなくなってくれた方がいいと、心ひそかに考えている者も少なくない。
私は発起人に名前を連ねていますが、番組との関わったことはありませんし、鳥越さんとも面識がありませんでした。先ほど、はじめて挨拶したばかりです。私の立場は実は、第三の立場。先ほどのフジテレビの黒岩さんと似ている。
それでも、田島先生や紀藤さんから呼びかけがあったときに、応じました。なぜか。よき『ライバル』がいなくなることは、大きく見れば、メディアに関わる者にとってやはりマイナスだからです。抜きつ、抜かれつの競争によって、切磋琢磨することで、報道の質が向上する。私も、雑誌上で仙台の筋弛緩剤殺人事件を追っているときで、『ザ・スクープ』と競い合ったことがある。その時に、『ザ・スクープ』の番組スタッフに対して、頑張るなあと思いながら、負けじと自分も頑張り、気づいたらこの問題を掘り下げているのは、自分と『ザ・スクープ』しかない、という経験をしました。
同じような思いを、様々なメディア、ジャーナリストたちが味わっているはずです。『ザ・スクープ』に抜かれて、悔しい思いをしたことがある者は少なくないはず。そういう同業者こそ、『ザ・スクープ』の存続のために、立ち上がるべきだと思います。傍観者のままでいては、いけないのではないでしょうか」
▼元木昌彦氏(元『週刊現代』編集長。現『Web現代』編集長)
「講談社という出版社で週刊誌の編集をしています元木です。私は常々、『もの言わぬ新聞』『もの言えないテレビ』と言っています。そして、これら巨大なメディアが書かない、報道できないことを書いていくのが雑誌の役割だと思っています。
特にテレビは、93年にテレビ朝日の椿報道局長発言が問題になったあたりから、報道を扱う現場が萎縮し、自主規制して、ますますものを言えなくなってきているように思えます。
その中にあって、鳥越さんの『ザ・スクープ』は、雑誌でもなかなか扱えない硬派なテーマを取り上げ、徹底的に追求する稀有な調査報道番組だと、ずっと注目して見てきました。
しかし、ここ数年、こうした権力側の不正を追求しているメディアへの風当たりは年々強くなってきています。‘99年に成立した住基ネット(国民総背番号制)から始まった、国民を国家が管理監督するための法整備は、戦前の治安維持法以上に悪質な、個人情報保護法案を含めたメディア規制三法案と、有事法制(国家総動員法)でほぼ完成しますが、その流れの中ではっきり見えてくるのは、政治家、官僚、検察、警察などの“権力”を批判するメディアの息の根を止めてしまえ、という明確な意図です。
この国が危険な方向へ舵を切ろうとしている今こそ、『ザ・スクープ』のような番組が必要なのです。今日ここにお集まりの皆さんと連帯して、絶対に存続させようではありませんか」
ここで、司会者が、会場から発言を求め、一般参加者からの発言が続きました。
▼成田さん(主婦)
「番組継続を訴える視聴者の一人です。『ザ・スクープ』は、毎週楽しみにしており、画面に向かって拍手しておりました。ごく普通の主婦として、PKO法案への疑問、有事法制の問題など、おかしいな、国民は何も言わないのかな、と思っていたときに、『ザ・スクープ』が取りあげてくれました。私のような何も知らない主婦でも、『ちょっとこれ、変?』って思ったことを伝えてくれる。
テレビ番組を信用するな、といわれても、私たちは、テレビを観て色々な情報を知るので、どうしても信用してしまう。だから、『あれっ?』と思った裏側を教えてくれる報道番組は、とても大切です。私は自分で思い立って、番組存続をお願いする署名を、300人分集めました。視聴者も、どんな報道番組をテレビ局に求めていくのか、自発的に考えなくてはと思います」
▼女性
「所沢在住の主婦です。『ザ・スクープ』はいち早く所沢市内のダイオキシン問題を取り上げてくれました。その報道のおかげで、地域の住民の関心が高まり、市民運動が起こりました。通称クヌギ沢の焼却炉は、当時16基あったが、今年の12月1日以降は1本もなくなります。マスコミの力が、一番良い形で発揮された例だと思います」
▼大学生 男子
「メディアによって傷つけられた人の人権を、救ってくれる番組がなくなってしまうのは残念です。『ザ・スクープ』の天の邪鬼精神がよかった」
▼女性
「通訳をしています。浜岡原発の危険性の問題を訴えたい。どのメディアも、この問題を取り上げようとしません。東海地震活断層の上にある原発の危険性について、マスコミの間でもタブーになっているのではないでしょうか。NYタイムズでは、危険性が指摘されています。国民の命にかかわることなのですから、志の高いジャーナリストは伝えてくれないのでしょうか」
この後、一般市民に混じって来場していた元社会党代議士の上田哲氏から、発言がありました。
▼上田哲氏(元社会党代議士)
「『ザ・スクープ』の存続問題について、抜け落ちている問題があります。番組の打ち切りは、三井大阪高検部長の逮捕事件がきっかけではないか。あの6月21日、『ザ・スクープ』が検察の調活(調査活動費)問題で、インタビューをとる、わずか3時間前に三井部長は逮捕された。ここに番組打ち切りの大きなきっかけがあるのではないか。日本中の検察は、「調活」で飲んだ、食ったり、例外なくやっている。それを追及しようとして、つぶされた。このまま、鳥越を消してもいいのか!?私はこの問題について、自分でビラを1万5千枚印刷して配っています。明日も、大田区で打ち切り反対の集会をやる。
『ザ・スクープ』には、すぐれた13年の実績があります。このまま負けてはいけない。テレビ朝日の内部に、戦う者はいないのか! 打ち切りの原因がどこにあるのか突き止めてもらいたい。テレ朝内部から、力を発揮して欲しい。それを外から包み、応援するのが世論の力です」
▼サンデー毎日記者 男性
「私は、現在40才です。テレビ最盛期に育った世代です。自分の世代より下は、活字よりもテレビの影響の方が大きい。打ち切りは本当に残念です」
▼ビデオジャーナリスト
「テレビ朝日の人は、番組打ち切りをどう思っているのか知りたい。社内では、何か動きはあるのでしょうか」
司会者に指名されて、会場の後方で立って傍聴していたキャスターの田丸美寿々氏がマイクを握りました。
▼田丸美寿々氏(TBS「報道特集」キャスター)
「鳥越さんと一緒に『ザ・スクープ』で2年半、仕事をしてきました。今でも『みんなが右に向いていたら、左を見ろ』という、鳥越さんの精紳は忘れていません。番組の打ち切りは、『ザ・スクープ』だけでなく、報道番組全体の危機だと思う。ただで番組をやめるのは、悔しい。波風立てて、後ろ足で砂をひっかけていって欲しい。他局であるTBSが、今日、取材に来ているのは嬉しい。後日、『ニュース23』で筑紫氏と鳥越氏の対談があります。
私がキャスターをしている『報道特集』も、決して安泰ではありません。視聴率がとれないとなると、テレビ番組の中で、真っ先に報道系が、人手も、お金も、削られてゆく。貧すれば鈍する、です。まだ『報道特集』は、20数年の歴史があり、JNNの系列が強いので、そう簡単にはつぶれないと思いますが、安心してはいられません」
▼TBS「ニュースの森」松原編集長
「番組がうち切られないためのぎりぎりの数字、生存視聴率をとってから、やりたいことやろうや、といってやってきました。今の報道は、子供のサッカーに似ている。1つのボール(テーマ)が転がったら、みんなで1つのボールを追いかける。皆が同じ方向を向くのは危険です。TBS内部でも、番組ごとの役割、バランスを考える必要がある。局内でも、マスコミ全体でも、考えなければならないと思います」
▼古川氏 「ザ・スクープ」の元プロデューサー
「1990年代に10年間スクープを担当しました。現在は、編成のデジタル担当です。テレ朝を代表する立場ではないので、今日は一個人として発言いたします。
1995年は阪神大震災、オウムと報道バブルのピークでした。その後、いかに『ザ・スクープ』をつぶさないで、続けてゆくかがテーマとなりました。デジタル化の仕事をしていて思うのは、3年後、5年後10年後のテレビはどうなるだろうか、ということ。放送と通信の融合によって、経済の論理が全面に出てきています。大変な過渡期にあります。通信は経済産業省の管轄です。向こう側にまったく価値観の違うセクションがある。つくづく、再認識したのは、『いい番組を支えてくれるのは視聴者』だということ。マルチメディア化する社会において、視聴率って何だ?と思います。視聴率だけでなく、視聴質というものを、どうやってフィードバックするかが課題になると思います」
ここで、司会者が鳥越俊太郎氏を指名。拍手にうながされて、会場の最後尾から最前列へ歩み出て、鳥越氏がスピーチを行いました。
▼鳥越氏
「ずっと、自分の葬式を聞いているような気分でした(笑)。90年代に田丸美寿々さんから、『30秒のコメントに、血を吐いていない』とよく、怒られたものです。僕自身は、なんで番組が終わるのか、今でも納得がいかない。こういう番組はあっていいのではないか。打ち切りの理由としては、取材経費、経常利益の問題、テレ朝の上場、それらがミックスされている。それでもなおかつ、僕および僕たちは、説明されても納得のいかない所があります。
ここで言っておきたいのは、先ほどから、この番組の視聴率が低いことが前提となって話が進んでいるけれども、決して低くはなかったといういこと(笑)。最近、田中真紀子を取り上げた際は、6・2%でした。午前11時台にもっていかれて、最初は1・8%だった。それが、日テレやフジも抜くまでになった。上田哲さんが言っていたようなことがあるのかどうか(検察の調活費問題に触れたため、圧力をかけられた)、それもわからない。僕は御覧の通り、心優しい、気の弱い人間だけど、ただ、へそ曲がりで、天の邪鬼なんです。人と同じことをするのが嫌なんです。皆が『真紀子〜!』と言っているときに、『真紀子は嘘をついてるんじゃないか?』と考えたりする。
先程の松原君の言う通り、『メディア総体として、色んな意見や異論を共存させるのが健全である』と思う。自分としては、視聴者のことを考えて、つくってきたつもりです。だが、番組が終わるにあたり、2000通のメールを頂き、初めて、いかに自分が、視聴者の思いを理解しないで番組をつくってきたかわかりました。ここにメールの束がありますが、その中には、23才の女性が、海外から送ってくれた『ずっと動画配信で見ていた』というメールもあります。打ち切りは悲しいけれど、これだけの人が集まってくれて、嬉しい。これから、年に数回の特番をつくることになります。番組スタッフは散り散りになるけれども、共有していた精神だけは活かしていきたいと思います」
鳥越氏のスピーチの後、再びパネリストによるシンポジウムが続きました。
▼紀藤氏
「運動として、番組トラストも考えられる。そのための基金づくりなども検討したい。また、この会の存続自体が、テレ朝へのプレッシャーになる。輪を広げ、継続していきましょう。蚊トンボの蚊でも、テレ朝も考慮せざるを得なくなるはずです」
▼中村氏
「岐阜に住んでいますと、オンエアの時間は夜中の2時50分(笑)。これでは誰も見れません。『ザ・スクープ』をなくさないための動きは、今後、市民が参加して番組を存在させるパブリックアクセスの第一歩となるでしょう」
▼加藤氏
「先ほど会場から、原発についての質問がありましたが、今や原発は、テレビ界では完全なタブーになっています。『NNNドキュメント』で『プルトニウム元年』という番組をつくり、賞をとったことがありました。ところがその後、その時のスタッフは、ことごとく配転されてしまった。原発を取り上げると政治団体から圧力がかかるので、テレビ局が、自主規制しているのです。
視聴率が1パーセント違うと、収益が何億円も違う。しかし我々は、視聴率主義にはまってはいけません」
▼原氏
「番組は事業者のものでも、資本のものでも、制作者のものでもない。市民・視聴者の存在が優先されなくてはなりません。また、メディアの問題は、視聴者の問題である。デジタル化で、テレビは新しい時代に入りました。事業者には1兆円の設備投資がかかります。公共のメディアに公共投資が行われるのだから、メディアを娯楽ビジネスと考える人達に、その公的資金を受けとる資格はない。それだけ、メディアは公共性が高いものなのです。
現在のメディアで働く人間の多くは、自由にモノを言う職業人ではない。ただのサラリーマンと化しています。それが職業人であるかのような装いをしているだけです。それぞれが自分の職場で、どう反骨心をもつか。どう頑張るかが、メディアで働く者の果たすべき社会的な責任です。
9・11以後、ブッシュ批判をした米国の地方紙の記者が二人、読者からの投書によってクビを切られました。テレビも、ブッシュ批判をして、そのテレビ局の社長が謝罪しました。『世論』には、大統領批判をした記者のクビを切る力があることを忘れてはいけません」
▼猪野氏
「犯罪被害者には、非がありません。にもかかわらず、普通の生活を送ることが出来ない。私どもは、どこへ逃げることもできません。こういう場に出て目立つと、また自分の周囲が騒がしくなるのが、予想できます。何もしていないのに、奇異な目で見る人達が出てくる。それでも、ここへ出てきて話そうと思いました。前を向いて歩いていこうよと、鳥越氏からはげまされたことがあります。『ザ・スクープ』は、私達に勇気を持たせてくれる番組でした」
最後に、司会者の田島氏が、長時間にわたったこのシンポジウムをしめくくりました。
▼田島氏
「このシンポジウムは、メディアと市民との、新しい関係を築いてゆく、いい機会だと思います。積極的な市民からの問いかけや働きかけが、メディアを動かすのです。市民の側も、やるべきことはやりましょう。ジャーナリズムの活動を、叱咤激励する粘り強い活動を展開しましょう!」
閉会の挨拶は、発起人の一人であるロイター通信社の日本語サービス編集・牧野義司氏が行いました。
▼牧野義司氏(ロイター通信社・日本語サービス編集長)
「私は毎日新聞で20年、ロイターで15年、働いてきました。『ザ・スクープ』という番組がスタートした当初からの視聴者の一人でもある。このシンポジウムの準備は、わずか1ヶ月でしたが、市民・視聴者がメディアに対して積極的にかかわる市民運動が始まったのだと思います。特定の番組のためだけではなく、他局の硬派の番組に必ず影響が出てきます。今、若い記者の取材力は、落ちてきているが、検証、掘り起こしは、とても大事な作業です。その日の暮らしの報道ではなく、調査報道、検証報道を、市民の側からメディアに対して、求めていきましょう」