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院長:
プロフィール
私は当時我が国で唯一、4年制の針灸専門教育校であった
明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)を卒業し、
荻窪の地にて針灸整体の治療院を開業しました。
開業当初は主に筋肉の状態や関節の運動機能に着目した
針灸・整体治療を行っておりましたが、
それぞれの症状によってくび〜肩〜背中〜腰の凝り方や
上半身・下半身の筋肉の緊張状態に関連性があることを気付きました。
そして、
それらの反応が中国医学の経絡・ツボ理論と深く相関していることを
経験的に学び取り、中国医学への興味を深くしていきました。
それからは治療の傍ら、中国医学の文献等で独学を続けておりましたが、
一向に体得できず、独学には限界があることを痛感。
一念発起して治療院を休院とし、台湾留学を決意しました。
→台湾留学について
留学中は親の代より続く針灸漢方医で元中国針灸学会理事長の
郭嘯天医師に内弟子入門。
独創的な中国医学理論、診断法、針灸術、推拿法(整体術)等を学び、
師より家伝の「同心円針法」継承を認められました。
→同心円針法について →脈診について(工事中)
帰国後は自らが修得した中国医学理論を元に、
独自の視点で人体の姿勢保持、運動・動作の機能、
特に筋肉と関節・神経の関連性を重視した
身体各部の痛み、異常感覚などの効果的治療法を構築しました。
また、
師の提唱する「同心円の理論」を発展させ、
気と身体の関連性から自律神経や内臓の不調など
多方面の愁訴・症状に対する研究・治療を行っております。
【経歴】
*静岡県伊東市出身
中学・高校では6年連続で無遅刻・無欠席・無早退の皆勤賞でした。
…高校時代は柔道部に所属して仲間と日々汗を流しました。
柔道とウエイトトレーニングに明け暮れた日々のなかで、
「人間の身体の仕組み」に興味を持ち、それが進路決定のカギとなりました。
*明治鍼灸大学入学:H4年(現:明治国際医療大学)
・・・当時、わが国で唯一の四年制鍼灸大学。
京都府南丹市(旧:船井郡日吉町)というところにあります。
在学中は柔道部に所属(柔道三段)
建設現場、スーパー店員、食品加工の工場、警備員、旅館皿洗い等
様々な職種のアルバイトを経験しました。
また、推拿術(中国整体)や整体術の講習に通いました。
*明治鍼灸大学卒業:H9年(現:明治国際医療大学)
・・・針灸師免許(国家資格)は3年次修了時(H8年)に取得しました。
*杉並区荻窪にて泉心堂治療院を開院(H9年)
・・・約2年半後、一旦休院して台湾に留学しました。
*台湾国立師範大学中国語教育センターで中国語研修
・・・台湾に渡ったとき、中国語は「ニーハオ」と「謝謝」しか知りませんでした(汗)
学校では中国語を基礎から学びました。
柔道が縁で肉まん屋の主人と親しくなり、そこでタダ働きしたり、
地元大学の柔道部の練習に参加したりして中国語を覚えました。
*泰来堂中医診療所・研修生
(中国鍼灸学会・元会長の郭嘯天医師に内弟子入門)
・・・師匠の診療を手伝いながら1対1の指導を受けました。
中医というのは中国医学いう意味で、中国医学の医者を中医師といいます。
台湾での制度上の立場は西洋医師と同じ医師です。
師匠の郭嘯天先生は当時まだ40代でしたが、ご実家が中医の診療所だったので、
小学1年生の時から中国医学の勉強を始めています。
*帰国、泉心堂治療院再開(H14)
・・・帰国後も、年に数回台湾に渡り、師匠の指導を受けました。
*治療院を現在地に移転(H16)
・・・ホームページやご紹介などで交通機関を利用してご来院の方が増え、
また、地元の方でも仕事や買い物の帰りなどにお寄りいただけるよう、
利便性を考え荻窪駅より徒歩1分の場所へ移転しました。
*家族:妻(台湾人)、長男(H18生)、次男(H21生)
→ごあいさつに代えて
| 『院長座右の銘』 「温心温手」 「温手温心」 どちらからでも 読むことができます |
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| 治療中に 「先生の手は温かいですね。」 と言われることがあります。 私自身も自分の手は温かいと意識してはいますが、 火照っているというような不快な感覚は特にありません。 この自分の手は治療家として 非常に感謝すべき一つの財産であると感じています。 今後ともこの手に恥じぬような 技術の研鑚に勤めて参りたいと思います。 どうぞよろしくお願い申し上げます。 |
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