朱雀正道 homepage sujaku ぼくは、きょう、こんなことをおもうんだ。





curry





ぼくがはじめて作った料理は、カレーで、中学1年生のときだった。ちょうどその頃、カッパ・ブックスで、ホルトハウス房子さんのカレーの作り方の本が出版されて、どういうわけか、ぼくは筒井康隆さんでも星新一さんの文庫でもなく、その本を買ったのだった。

たまたま親のいない日曜日に友だちを呼んで、男子中学生ふたりで、レシピを見ながらマーケットまで買い出しに行き、コーンビーフのカレーを作ったのだった。ぼくらは手分けしてニンニクを刻んだり、タマネギを細く切って「透明なるまで」炒めたりして、正しくテキストに導かれながら作った。真っ赤な缶に入ったハウスのカレー粉を使ったはずだ。はじめて自分で作るカレーの味に、ぼくたちは興奮したものだった。

あんまりおいしかったので、次の日曜日に、別のカレー・・・今度はヨーグルトのカレー・・・に、こんどはひとりで挑戦した。ところが、当時30年前の田舎のマーケットには、売り場の隅から隅までさがしてもプレーン・ヨーグルトなんてものは売っていなくて、仕方がないから勝手に検討をつけて、ま、これでもいいか、なんて(前回の成功で慢心していたに違いない)、ヤクルト4本で代用したところ、あまったるくて食べられたものではなく、がっかりしたものだった。(そして料理のキビシサを知る)。

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ぼくが東京へ出てきたのは18歳で、はじめて入ったレストランは、銀座の歌舞伎座のそば昭和通り沿いにあるナイル・レストランだった。この店は、ごはんに、地鶏をしめて、しっかり煮込んだカレー、そしてカレー風味のマッシュド・ポテトが載っている一皿料理が自慢で、いつ行ってもそれを勧められるのでよく食べ、たいへんおいしかったものだった。時々食べに通って数年目、勇気を出してほかの料理も注文してみたら、すごくおいしかったので、なんだか損をしたような気に、一瞬だけ、なった。

そういえばナイルではカレー粉も買って、うちでもよく作った。(その後、30代になってからぼくはひょんなことから一年間オムレツに凝り、次の年にいろんなスープ、その次の年にステーキとサラダに凝ったことがあった。村上信夫さんのテキストを片手に)。けれどもカレーはといえば、あいかわらずナイルの調合済みの粉を使っていたので、じぶんを戒め、数年前、じぶんでスパイスを調合してみようとおもうようになった。(選んだテキストは、レヌ・アロアさんのものだった)。

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読んでみると、びっくりしたものだった。たとえば、料理の最初に油でクミンを「花が咲くまで」軽く炒め、そこから料理がはじまる・・・とか。それから加熱が必要なスパイスと、不要なスパイスの区別とかね。それからスパイスはそれほど必要ないこととか、フェンネルのあまく不思議な味や、粒のカルダモンの神秘な香りに、クラクラと魅了されてしまったのだった。

香りを調合する・・・そんなマジカルな扉が、そのとき、ほんのわずか、ぼくの前で開いたような気がした。ぼくにとって、あいかわらずその扉は、ほんの少ししか開かれていない。けれども、ときどきその扉の向こうから、うっとりするような音楽が聴こえてくることもまた、あるのだった。カレー・・・すごいねぇ。おいしいよねぇ。(2002/7/20)











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