朱雀正道 homepage sujaku ぼくは、きょう、こんなことをおもうんだ。







hagoromo











ぼくねぇ、よしもとばななさんの新刊小説『ハゴロモ』(新潮社)を読んだんだ。いやぁ、びっくりしたよ、作者が小説をコントロールする理性の手を、ほとんどゆるめていてね。すごいことになってるなぁ、っておもったんだ。いっちゃってる。そこで、ぼくだったらどうするかな、なんて(小説なんて書けないくせに)ひとりの読者として、ちょっと夢想を愉しんだのさ。で、今回は、そういう趣向。そう、よしもとばなな『ハゴロモ』・・・わたしならこうします。(最終更新 2003/2/21 8:48)







まず、『ハゴロモ』は、こんなお話なんだ。

18歳から8年間写真家の愛人だった女の人が、ある日、その関係が、妻子にバレたため、突然、彼氏から関係解消を申し入れられる、マンションの一室を「手切れ金」に。 ・・・写真家に捨てられたこと、それはあるいは<見えるものの世界から見捨てられた>ということかもしれませんね。

いずれにせよ傷ついた彼女は、(長年にわたる妻子への・・・間接的な・・・加害者意識などはなく)、ひたすらじぶんの痛みだけを抱え、じぶんのふるさとへ向かいます。ふるさとは川のそばにある町で、そこには<見えないものの世界が見える不思議な人たち>がたくさんいて、彼女はその世界に馴染んでゆきます。

子どもの頃いっしょに天国でスケートをした、みつるくん。「半分けやき半分人間と溶け合っているおにいさん」と友達だったるみちゃん、「バスターミナルの神様」であるみつるくんのおばあちゃん・・・・・・。心理学の研究をしているじぶんの父親・・・そんな、いっちゃってる人びとばかりが住む世界。(現実的な感覚をもっているのは、保母さんをしている・・・占い師の娘だけ?)

いつのまにかそんな世界に彼女もなじみ、癒されていて、やがて傷心の彼女は、ここで住もうと彼女は決心する。いわば現実界から退却し、想像界に住みはじめるんです。

めでたしめでたし。そう、もう戻らない、行ったっきりなんですねぇ。







ちょっとねぇ・・・。腑に落ちない。







そこで、一読者として、ぼくだったらどうするかな、って考えたんだ。で、ぼくだったら、この話、こうします。





長年の不倫に怒り狂った奥さんにじぶんの夫・写真家を殺させます。 初犯の彼女は情状酌量の余地もあり、数年の刑に服します。 そこでヒロインは、<どうしてわたしが殺されなかったんだろう?> と考え、奥さんに会いに行き、奥さんと哲学的な(?)議論を交わします。
愛というものをめぐる高級な議論になるでしょう。

同時に、人がひとり殺されたにも関わらず、
殺人者が死刑にならない法律というものにも、
ヒロインはおおいに疑問を持ち、
いわば法哲学(というか父の言語)そのものに、傷つけられるんです。

そして、そういった大人の世界に傷ついたヒロインは、
はじめて「癒しの旅」へと旅立ちます。



そして、その川沿いの町で、
へんてこりんなお友達に癒された彼女は、
しかし、そこに生きつづけることの危険を察知して、
現実世界へ(この場合は東京へ)戻るんです。
コドモの頃、死にかけたとき、天国で出会ったみつるくんにもらったてぶくろを、大事な手みやげにして。

そしてもう一度、じぶんの人生を生きるために。

ハゴロモが彼女をつつみ、彼女はハゴロモに守られ、ふたたびじぶんの人生を生きる!

渋谷の街を歩く彼女のコートの裏ポケットには、そっと胸のあたりに、みつるくんからもらったてぶくろが忍んでいるのだった。 (Fin)







あれ? これじゃ、なんだか松本清張版の『朗読者』のできそこないか? はたまた石井桃子版の『河童の三平』か。いや、そもそもそんないいもんじゃないか。

う〜む。 

そこで、ぼくは小説好きのいしかわれいこさんにメールを書いたんだ。「いしかわさんだったら、どうします?」って。

すると、こんなお返事が返ってきましたよ。
はい、いしかれいこさんヴァージョン、どうぞ!







奥さんはまず最初に愛人を殺そうと考える、というステップは必須。
女というものはそういうものです(と私は思う)。

けれどどうもこの奥さん、体が弱かったらしい。
体の弱い人というのは案外、そんなに短絡的な行動はしない。
いろいろと考え考え考えて、では、と夫に毒を盛ります。

病死か他殺か見分けのつかない毒。

当然、奥さんは警察に疑われますが、しらを切り通します。
愛人だけが真実を知っている。

けれど愛人もまた、絶対に吐かない。

かくして女同士の奇妙な共闘関係が結ばれ、
うーん、この後はどうなるのかな〜

ふたりで亡き写真家の墓参りにでも行くんだろうか。。。
あ、そうだ、海に骨をばら撒きに行く旅に出るとか、
チベットまで行って鳥葬にふすとか。

すると、すべてを心眼で見通したチベットの高僧が
妻と愛人のふたりに謎の言葉を残す。

で?

謎の言葉について考えこむうちに奥さんは気が狂ってしまい、
愛人はその世話に明け暮れ、
最期を看取ってはらはらと涙が・・・・(Fin)







いやぁ、女同士の共闘・・・。奥さんの最期を看取る愛人・・・感動的ですねぇ。







さて、ぼくは、ひとつの小説がすぐさまこんなふたつの別の物語を生むことを、おもしろくおもったよ。そうか、考えてみれば、ぼくはよしもとさんの小説によって、<小説ってなんだろう?>って考えることをうながされたんだ。おまけに、ついじぶんだったらどうするかヴァージョンまで・・・。そういうのも、小説の力、かもしれなくて。

ちなみにいしかわれいこさんは、じぶんのヴァージョンにじぶんでツッコミを入れ、「チベットの高僧が出てきちゃーダメですな。ずるい。なんだかなー。やっぱりわたしに純文学を書く才能はなさそうだ」なんて書き添えておられますが、それを言うならぼくぼくもまた、小説を書く才能はなさそうだ。ま、そういうことは言いっこなし。でね、この文章を、いま、読んでいる、あなたなら、どうしますか? どんな『ハゴロモ』を書きますか?

(2003/2/17 11:09)







と、この原稿をアップした後、大城譲司さんからこんなメールをいただきました。 では、大城さん、おねがいします!



わたしは、よしもとばななの小説を読んで、
面白いと思ったこともありませんし、
もちろん『ハゴロモ』にも目を通しておりませんから、
朱雀さんによる要約と、いしかわれいこさんの別バージョンを読んでの <連想ゲーム>ということになります。

1) 不倫を知った妻は、ヒロインのマンションで写真家を殺害
2) 帰宅したヒロインは、血まみれになった写真家を発見
3) しかしその部屋は完全な密室だった!
4) さらに、あらゆる状況証拠が、ヒロインが犯人であることを示している!
5) 危うし、ヒロイン! ヒロインは逃亡者となる
6) そしてたどりついた怪しげな街……
   (このあたりからヒロインの<語り>が信頼できないものとなっていく。
    パトリック・マグラア『グロテスク』を参照のこと。)
7) ヒロインは死んだはずの父親(心理学者)と出会う
   (その後、父親は<名探偵>としての機能を果たす。
    殊能将之『ハサミ男』を参照のこと。)
8) 心理分析官ばりの名推理を展開する父親
9) そこにもうひとりの名探偵・みつる君の登場
10)推理合戦は錯綜していく
   (第1部の読みどころ)

第2部では、一転して妻の視点による<語り>が導入されます。
複数の<ありえたかもしれない真実>が重なり合い、
長編ミステリ『ハゴロモ』は魅力的な失敗作となるのです。
なお、文体はビュトール『時間割』でお願いします。





●大城さん、ありがとうございました。すごいッ!!!

大城さんヴァージョンでは、だんだんと<語り手>が<信頼できない語り手>になってゆくんですね。<信頼できない語り手>それはいわゆる<叙述トリック>というやつですね。しかも第1部と第2部の鏡のような語りの対比。その上、ここでモデルとされているビュトールの『時間割』といえば、倉橋由美子にインスピレーーションをあたえ、高級少女小説みたいなのを書かせしめた、あの、一人称が<あなた>となっている、あの小説ですね。『時間割』・・・それは過去を再建しようとする主人公の物語。叙述の時間的順序は無視され、主人公は時間のなかをさまよってゆく・・・。あぁ、大城さんヴァージョンの『ハゴロモ』なんという<魅力的な失敗作>でしょう、<平凡な成功作>なんかより、よほどすばらしい。あぁ、想像しただけでも、すばらしい酔いごこち。







それにしても、こうしてここまで愉しめるのも、ある意味、『ハゴロモ』に、人をしてなにかを語らせしめるいわばテキストの生産性があるんですね。さて、あなたなら、どんな『ハゴロモ』を書きますか?



いまのところ

妻が写真家を殺害する派       2名
妻が愛人を殺そう(としてやめる)派 1名

です。



いついのまにか『ハゴロモ』ミステリになってます。



こうなると、愛人が殺人を犯すとしたら、さぁ、相手は写真家か、妻か、さぁ、どちらを狙うでしょうね???
そして、あなたなら、どんな展開を?

(2003/2/17 13:09)



● さて、外出から戻って来たら、大黒和恵さんからメールが届いていました。 さっそく紹介します。大黒さん、どうぞ。

主人公の女の人は、写真家から関係解消を持ち出されて、マンションの一室を 手に入れて、ふと気づいてみると、悲しんでなんかいない、いえ、むしろ ちょっと喜んでいる風の自分におどろく、がく然としてもいいです。 (手にしたマンション、けっこういいんだよね。これあったら、もうある意味 都会でひとりで、ずっと生きていけそう)

あれ、わたしの8年間におよぶ愛人生活はなんだったの?わたしの愛はなん だったの?わたしはほんとうに、恋人を好きだったの?という疑問がふつふつ とわいてきます。いやわたしは本当に恋人を好きで好きで愛していてあれは ほんものの愛だった、と信じる(信じたい)自分と、自分の愛に疑いの目を 向けはじめる自分。けっきょくアレは(最初の出会いは別にして)、惰性の 産物だった?対象にもう一人の関係者(妻)がいたからなんとかもった8年間 の愛(あるいは関係)だった?などなど。

このふたつの思いが、8年間の出来事、思い出話とともにシーソーゲームの ように、あるいは二重人格者のように、交互にあらわれては消え、消えては あらわれ、、、、。結末は小説家ではないので、わたしにはわかりません。 (いやしかし、と自問しながら、だらだらとそのままフェイドアウトしてしま ってもOKです。・・・自問自答は、低レベルであればあるほど いいです。リアルすぎるかもしれませんが。)

おしまい。







大黒さん、ありがとうございました。・・・あぁ、こういうのも、アリですよねぇ。 もしも<愛>が、ひとつのおもいこみをふたりで共有するものならば、それが壊れた瞬間から、<その愛のようだったもの>を対象化する ことが、考えをおしすすめ、言葉を紡いでゆく力になってゆく。エモーションをともなったおもいめぐらしそれ自体が、小説になってゆく。あぁ、意識の流れを追いかける、改行の少ない文章が、見えるようです。







管理人の泉あゆ子さんからもメールがとどきましたよ。
では、どうぞ。



写真家にふられてかなしい「わたし」は、写真家に
呪いの言葉を、電話口からあびせる。
すると、その瞬間にかれは死んでしまった。

彼女は、ふられたかなしみとともに
呪いで人を殺すチカラを手に入れてしまった。

そんなとき、「わたし」はふるさとのことをおもいだす。
おもいかえせば、ふるさとは
へんてこなひとたちがたくさんいた。

写真家を呪い殺してしまった罪を
どうやってあがなえばよいのかわたしにはわからない、
そして、この不思議なチカラのルーツを
さぐるために「わたし」は、ふるさとへかえります。

そこで「わたし」は、バスターミナルのかみさま
などなど、いろんな人に会い、
じぶんのチカラについて知る。

どうやら、チカラをもつと<あること>をしなければ、
じぶんも誰かののろいを受けて死ぬ運命にあるらしい・・・

そして、主人公がのろいをうけるであろう人物は・・・

遺された写真家の奥さん。

そして、<あること>とは、じぶんへののろいを解くこと。

主人公は、写真家の奥さんを癒すために
東京へ戻る決意をする。

(終わり、ちゃんちゃん)



●<呪い>と<癒し>がセットになっているところがすごいですねぇ。 写真家は死んじゃったままなわけですが・・・。 (2003/2/20 12:53)



●おや、朝起きたら、芙美恵さんからメールが届いていましたよ。 では、芙美恵さん、どうぞ。



「わたし」は傷心を癒すため、旅に出る。行き先はインド。
インドが「わたし」を呼んでいた。

あんなに、あっさり捨てられるとは・・・。
付き合っていた間、罪悪感の影に期待もあった。
奥さんと別れることもあるかも知れない。
しかし、捨てられた。
自分が甘かった。くやしい。くやしい。
食べ物は喉を通らず、水だけで過ごす。
フラフラの足で、それでも立ち直らなければと、「わたし」はインドじゅうの寺院を廻る。
現実と天国があやふやになり、もう天国で暮らそう、あのマンションには住めない。

日本人観光客なんてひとっこ一人いないようなひっそりとした寺院の前で
「わたし」は動くことをやめた。
と、そこへ一人の若い男が立っている。
一瞬インド人に見えたが、よく見ると日本人だった。
彼は「わたし」を優しく包み込むような眼差しで見つめ、「わたし」は
彼によって導かれる。

やがてふたりは愛し合い、
写真家のことなんて忘れたかのようなインドでの生活。
しかし、結婚を2人で誓い合い日本に帰国すると、
彼はあの写真家の息子であることが発覚。
「わたし」は悩み苦しむ。
彼と旅を続けたのも、彼がどこかあの写真家に似ていたからだと気付く。

東京のマンションを処分して、今度こそ天国へ行こう。
向こうで待っている人たちもいる。
彼には何も告げまいと心に決め、
マンションへ向かうと、写真家の妻であり恋人の母である人に遭遇する。
彼女はマンションの存在も、息子の恋人が「わたし」であることも全て知っていた。
彼女は数年前の「わたし」が想像していた人物とは違い、不思議な魅力をもつ女性だった。

彼女は「わたし」が死んでしまうような気がして、
ここへ来たのだと言う。
彼女は息子をよろしくと言う。
写真家からもらったマンションで彼女の息子と共に「わたし」は
新しい生活を始めた。     

 おわり







あぁ、人は恋愛の相手としてとかく似た系統の人を選んで(に選ばれて)しまうとしたら、それがそもそもミステリですもんね。それがちょっと怖い感じまでたかまってますねぇ。しかも舞台はインド・・・。



さて、あなたなら、どんな『ハゴロモ』になりますか?

sujaku@k9.dion.ne.jp

メールをいただければ、このつづきとして、掲載しますね。

(2003/2/21 08:43)











美術や写真の話 音楽の話 文学の話

じぶん自身の話 なんの話?

ぼくは、きょう・・・ 総目次topへもどる