朱雀正道 homepage sujaku ぼくは、きょう、こんなことをおもうんだ。
友だちからもらったメールを読みながら、ぼくは、
遠い昔、たった1年だけ、
熱を出して寝込んでばかりいた
じぶんの幼稚園時代のことをおもいだしていた。
メールをくれたのは芙美恵ちゃんで、若いおかあさんをやっている。
3歳の嶺太くんは、この4月から、はじめて保育園へ行きはじめたところ。
で、その嶺太くんが水疱瘡にかかったんだってさ。
「やっと、保育園にもなれて、ゆうじくんという
気の合うお友達もできたというのに。
まあ、保育園中、水疱瘡らしいので、きっと、
ゆうじくんもお休みしているでしょう」
おかあさんは、心配しています。
ぼくの場合は、どうだったろう? 遠い昔、5歳だか6歳だかのとき、
幼稚園へは一年保育で通ったはずだ。セメント工業のさかんな田舎町の、
中心地からやや離れた坂の途中にある、キリスト教系の幼稚園だ。
朝、昼、晩と、みんなでお祈りをとなえたっけ。
テンニマシマスワレラノチチヨ、ネガワクバ、ミナノ、
トオトマレルコトヲイノリマス。
幼稚園は、ぼくにとって最初のちいさな「社会」で、
ぼくはスモッグ姿で殴り合いの喧嘩をしたり、仲直りをしたり、仲間と徒党を組んだり、
滑り台の縁を滑って落ちて額から血を流したり、
熱狂的な日々を送ったものだった。みんな裸足で遊んでいて、
靴を履いて遊ぶのは、ぼくのほかに数人だった。
(ミズタくんという男の子がいて、鼻水が半ズボンのところまで伸びた
かとおもうと、それが魔法のように鼻の穴のなかへ、すーっと吸い込まれてたっけ)。
で、ぼくはといえば、1日行っては熱を出して3日寝込み、
また1日行っては、5日寝込みしていて、両親はとても心配したらしい。
寝込むと、赤く透明な、シロップまじりの甘苦い水薬を、
ガラス製の器で、飲まされた。うつろな眼には、天井の木目も
溶け出した。気がついたら眠っていて、ピンク色の雲のなかを、
鉄腕アトムのように、飛行している夢を見て、うなされ、
たっぷり寝汗をかいた。目をさますと、はやく、幼稚園へ行きたいとおもった。
で、その1年のあとは、ぼくは、(嘘のように)、
病気をほとんどしない頑健なやつになったのだった。
そんなことをおもいだしたのは、きのう、とあるホームページで、
掲示板のあやしげなスレッドの書き込みのURLを(軽率にも)
クリックしたら、そのとたんにブラウザがフリーズしてしまったからだった。
聞いてみるとそれは、ストップ・ウィルスっていうやつだとか。
さいわいブラウザが固まっただけで、なんとかそれを捨てるだけで、すんだ。
で、ぼくは、あぁ、これが世に言うウィルスというやつか、と、
おくればせながら見聞を深めたのだった。
おもえば、ぼくもこうしていっちょまえに(?)HPを作って
少しの読者といっしょに楽しんではいるものの、ぼくは、まだ、
パソコンを使いはじめて4ヶ月だものな。
・・・なんてことを、おもいながら、遠い昔、
丘の途中のちいさな幼稚園で過ごした日々をおもいうかべるのだった。
ちいさな教会の裏で殴り合いの喧嘩をしたり、
かわいいかわいい女の子のハンカチを奪って走りまわったりした、あの日々を。
あれが、ぼくにとって最初の、「社会」だったんだな。(2002/4/24)
●その後、ノートンで、範囲を広げ徹底的にチェックしても、さいわいほかに感染はなかった。この顛末にまつわるウィルス談義と、最新対策は、2、3日中に『うどん日記』で、泉さんが書いてくれるそうですよ。ぼくも『うどん』で、勉強しようっと。
話が違うといえばまるで違うんだけど、かつてインゴ・ギュンターは、通信衛星を傍受し、ときに国家機密まで活用し作品をつくっていた。いま、かれは、いったいどんな作品をつくっているんだろうな?