朱雀正道 homepage sujaku 夜とスジャクと芸術と(芸術書の書評)
誰だ、ハウスやテクノの黒い起源を抹消したのは?
え、知らなかったよ、ホントかい、八十年代なかば以降世界中に広まったクラブにおけるハウスやテクノって、そもそも黒人たちがこしらえたものなのかい!? びっくりしたよ。その後のヨーロッパの白人たちによるアシッド・ハウスの流行が完全にこの「起源」を覆い隠してしまって、いまじゃアメリカの黒人たちを含めて、誰もハウスやテクノを「黒人の音楽」としては認めようとしない。いや、それどころじゃなく、ハウスやテクノを作っているデトロイトやシカゴの黒人たちは、世界中の音楽シーンはもちろん、アメリカの黒人文化のなかでさえ、完全に孤立してしまったんだ。
舞台になった、そのデトロイトがまた悲惨だねぇ。かつての栄光の自動車産業の都は、いまや犯罪とドラッグ・ディーラーとアル中のスラムってんだから、まるで救いがない。そこで黒人のティーンエイジャーたちが、(ソウル・ミュージックなんかには目もくれずに)クラフトワークやYMO、ついでにいえばB52’sなんかに熱中したのが、そもそものはじまりだっていうんだ。八十年代のはじめの頃のこと。あの、モータウン・レーヴェルの街なのにね。確かに意外だけれどまぁ、なんだかわかるような気がするなぁ。いったい誰が、見渡す限りなんの希望もないときに、親の世代の、それもシルキーでゴージャスな音楽に熱中するかって、ね。そりゃ、ウザいだけだろう。それらを構成するのもの、そのすべて、す・べ・て、がさ。そこで、その時彼らが手を伸ばした音楽が、まさにテクノだったんだ。
もともとデトロイトって街には、音楽的なミクスチュアの伝統があったんだ。サン・ラとMC5が共演するとかさ。それからもっと近年では、あのおそるべき文化的大食的ヨシモト興業的デタラメ的超絶オルタナティヴ的爆発思想的なPファンク一派がいたしね。それからまた、彼らの思想を受けついだ、耳も、心も、開かれたかっこいいラジオのDJ、エレクトリファイン・モジョがいて、それこそクラフトワークとジョージ・クリントンを同じエレヴェータに詰めたような、それこそタンジェリン・ドリームとプリンスさえ同居するような選曲をしたっていうんだ。すごいねぇ。しかも場所は、ほかになんの娯楽もないようなデトロイト。で、その時、すべての種はまかれたんだね。ただし、この本の扱っている範囲は、もっと広い。そう、「これはミラーボールとターンテーブル、またはストロボライトとドラムマシンの物語である。いずれにせよ、午前0時から夜明けにかけて都会の地下室や建物の一室で大きな音を打ち鳴らしている真夜中の音楽についての話だ。もしくはブラック・マシン・ミュージックとそれにまつわる宇宙旅行への案内」なんだ。
野田 努著『ブラック・マシン・ミュージック』
河出書房新社刊
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