- 09/18 14:20
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突如として
「そうだ、つくばに行って蕎麦を食べよう」
と思いつき、つくば市在住のI氏に「つくばの蕎麦屋に行こう」と連絡。
その後、学生の頃に通った蕎麦屋に夜やっているかどうか確認の電話。
あくまでも「行くよ」という連絡のつもりだったのだが、思いがけない返事が帰ってくる。
「すいません、昼で蕎麦切れちゃったんですよ…」
「え!?切れちゃった!? (上り調子で)はぁ〜」
予想外の返事だった。
何故ならその店に俺が学生の頃に通っていた2年間は1度もそのようなことがなかったからだ。
いくらつくばエキスプレスが開業しようがどこ吹く風、と嘗めてかかっていたことは間違いない。
が、学校を出て4年近く経った現在、やっぱり状況が変わったのかもしれない。
I氏に蕎麦屋はだめだったと連絡、とりあえず店は後で考えようということになる。
しかし蕎麦が切れたというのは本当だろうか?
反って興が乗ってしまってとりあえず蕎麦屋には行こうと決意し、家の窓を開けっ放しにしたまま、
ZZR250のエンジンをかけた。
R122から外環へ出ようとする。
3連休の中日だからか、車の数がやけに少ない。
―もっともこれを書いている今から思えばそうだったというだけで―
特にありがたいと思う気持ちもなく、飛ばさせていただいた。
- 09/18 15:10
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三郷に到着。
草加のあたりでもそうだったが、かつて工事中だった何かが完了したのか、
やけに視界が開けている。
これってつくばエキスプレスが開業した影響なのか?
常磐道に乗る。
普段でも東北道と比べると明らかに車の数が少ない常磐道。
この日はいつも以上に車が少なかった(これも3連休の中日だから、か)。
マシン自己最高時速(=165km/h)を出せるかもしれない。
そんな期待をした。
高速に入ってから120km/hを超えたあたりで体がびりびりしてくる。
マシンが震えていた。
こっちも体を合わせよう。だんだん体がスピードに慣れてくる。アクセルをまわす。
柏のあたりで140km/hを出したのは憶えている。
守谷のあたりで158km/h(=伊良部のストレート)位までいった。
が、何故か渋滞に遭遇。
何でじゃーと思いつつ3車線のうちの一番右の車線で105〜110km/hで走行。
立ち上がったり、開脚したり、左腕をぐるぐるさせながらだるく運転していると、
左車線の先頭にパトカーが。
そのまましばらくうだうだした運転をしていると、
パトカーが俺とバックミラーの視界から消える。
そっから再び飛ばしたものの、距離的にもうむり。
そのまま桜土浦ICへ。
- 09/18 16:00
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桜土浦ICからほどなくして、蕎麦屋に到着。
いつも停めていた厨房の見える窓のあたりにバイクを停める。
厨房のあたりで照明がついていたのが分かった。
蕎麦屋に入ろうとする。
が、開かない。鍵を閉められているらしい。
バイクを停めたあたりの窓からもう一度覗くが、やっぱり照明がついている。
入り口に戻って扉に手をかけると、ガラガラと音を立てて開いてくれた。
店ではまだ2人女の人が片付け物をしていたようだった。
そのうちの1人は、以前から顔なじみの人だった。
最後に来たのは2年位前だが、憶えてくれていた。で、店主に会わせてくれた。
「おお、久しぶり」
…
……
………;
I氏との待ち合わせ(=17:30に筑波大学の研究棟)までには時間があったので(?)、
店の片付けが終わった後、どういうわけかバイクを置いて店主とお茶に行くことに。
雑誌「つくばスタイル」に載っているコーヒーの店へ行く。
店主はここの店の馴染みだった。
店中に漂うコーヒーの香りは鼻を興奮させ気味で、ちょっとやり過ぎな気すらする。
日が程よく照る窓際の席が心地よかった。
アイスコーヒーを飲んだ。
普段自分で作った水出しコーヒーばかり飲んでいたが、やっぱり店のものは違う。
ここの店の店主の好意(蕎麦屋の店主へ)で、葡萄の実を凍らせたのをつまみに出してくれた。
店の人は「皮が渋いでしょ」と言っていたが、中身がシャーベット状になっていて、
中の甘さとその渋さ(これは渋いというのか…)がうまく合わさっていたように思えた。
その後、店主同士のほのぼのした会話を聴きつつ、蕎麦屋に戻る。
戻る車中にて、
「この後何かあるかい」
「特に決めてないです」
「じゃ飲もうか」
と言ってくれたが、実のところ社交辞令のようなものと思っていた。
- 09/18 17:10
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蕎麦屋に着いた後分かれて、その後市役所〜桜〜筑波大。
俺はつくばにいた頃、桜(言っとくが地名だぞ)に住んでいたが、しばらく見ないうちに大分変わっていた。
昔俺が住んでいたアパートの前を通った。
通った後、少し停まってそのアパートのベランダ(単なる物干し場とも言う)を見た。
物干しも何もかかってはいなかったが、カーテンらしきものは見えた。
多分誰かが住んでいるのだろう。奇妙を感じた。
が、そこでしばらく停まって後方を眺めていた俺を見ていた家族らしき人達はそれ以上に、
俺を奇妙に見ていたに違いない。
再び走り出す。
右手を見ると、
「そういやこの人ここ住んでいたなぁ」「お袋さんが来ていてチャリで後ろ見ながら挨拶したことあったっけ」
なぞと思い返す。
交差点に差し掛かる。信号は赤だった。
赤だったから、俺は近くの駐車場にバイクを停めて、角近くにあるパン屋さんに入った。
このパン屋は、俺が学校に通いだしてから出来た、比較的新しい店だった。
初めて買って家で食べた時、それまでバイクでわざわざ行ってまで食べてたパン屋と
「レベルの違う美味さ」を感じ、以降学生生活の終結までお世話になる。
生活サイクルが狂っている頃、5時に通りかかると裏口のもやがかった窓に照明がついていた。
熱心な店だったと、今でも思っている。
若いご夫婦でやっていた。当時の俺でもその奥さんが可愛い人だと思ってしまっていた…
そうでもなければ、つくばを離れる日に、そのパン屋に行ってその奥さんに、
「お世話になりました」とちょっと涙気味に言うこともないだろう。
学生だった土日の9時頃に行って「焼きたてありますか」と聞くと、大体それを買っていった。
店からすれば多分嫌な客だったろうなぁ、と今でも思っている。
店内に入ると、ご主人が1人でやっていた。お客さんが1組入っていて、それが済んだ後で対応してもらう。
「お久しぶりです」と挨拶すると、「んっ」とすごく反応してくれた。
「3,4年前に学生の頃来ていて―」
「ああ、そうですか―」
「今回ツーリングのついでに来たんです」
とは言ったものの、俺のことは憶えてなかったろうなぁ、と思っている。
「焼きたてのエピはないですよね…」
こんな夕方にパンを新たに焼くわけはないのだが、それでも堪らなくなって聞いてしまった。勿論、無かった。
「子供が2歳になって―」
「おめでとうございます」
「あっ、でも嬉しいな―」
と、夕方で店を閉める直前だったこともあったのだろうが、
アーモンドがけのクロワッサンを2つ買っただけなのに、値段以上のお土産をくれた。
「バイクで来たのにかさばっちゃうよ」
こっちがびっくりした。
「これからお客さん来るだろうに、いいの?」と言うと入り口のドアが開く。
「ほら、だから―」
そう言って店を出た。
そのお客さんが帰った後、バイクで去り際、店の方に頭を下げた。
向こうも下げているのがはっきりと見えた。
夕方の柴崎交差点の前は混むが、バイクなので横からすんなりと通ることが出来る。
交差点を過ぎ、次の信号を右折して大学内の道路に入る。
大学内の並木道、緑と夕やけがかった空がうまく調和されていてきれいだった。
- 09/18 17:30
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筑波大のF棟下に、ほぼ時間きっちりに着いた、はず。
I氏とK氏(I氏の彼氏だ)は既に待っていた。
挨拶をして、まずやりたいことを実行。
I氏の案内の元、俺がお世話になった先生の部屋に案内してもらう。
場所は殆ど変わってなかった。
I氏からボールペンを借りて会社の名刺にメッセージを書いて、ドアの下から投げ込む。
I氏は『ドアの下から投げ込む』行為にかなり抵抗を示していたが、
俺は『試験期間でもないのにドアを開けた後にサプライズがある』というのはアリだと思って投げている。
…ま、スルーの可能性もあるけどね…
↑上記実行後、店に移動する。
当初俺が先導していた
が、2年のブランクは大学の構内の道すら忘れさせていた。
Iさんが道を知っていたので、誘導していただく。
店はメインストリート沿いにあるのに駐車場にたどり着きにくいトンカツ屋。
旅情報誌に載っていたことから、学生の頃何回か来ていた。
盛り合わせで3種類(ロース、串カツ、エビフライ)とご飯をおかわり、とたらふくに食べる。
話もそこそこしたのだが、正直食べるのに懸命で向こうが飽きれてたような印象があるよ…
単純に量か?
K氏は東京住まいだが、遠距離(もはやそう言える距離でもないか…)恋愛中。
翌日は仕事だそうで、これから帰るらしい。多分電車。
そんな時にTELが。
蕎麦屋からだー
本気で飲むつもりだったんだな…びっくり…
腹いっぱいだぞ俺…
…
…が、せっかくつくばに来たわけで、第一こんなことは滅多にあるもんじゃない。
こっちもそれなら面白いので行ってみよう、と心の中で思っていた。
電話に出た。
「…あと30分待ってください…」
ピ。
相変わらず顔が印象的な親父に挨拶して店を出た。
そして帰りにI氏とK氏から
「つくばターミナル通った?」
「いや、まだ」
「じゃ、通っていこうか。」
そう。つくばに来たのだが、これまで蕎麦屋に直接言ってお茶していたことから、
つくばのターミナルの付近は見ていなかったのだ。
この時既に19時近く。夜中でちゃんとみれるのかどうか不安だったが、
「むしろ夜の方がいいよ」と反って煽られる。
で、ターミナルに差し掛かる。
大通りの左側にある、縦長の標識を見て衝撃を受けた。
「←つくばターミナル」じゃなくて「←つくば駅(+駅っぽい画)」かー!
もはや「ターミナル」ではなく「駅」な訳ですな…
軽く渋滞気味でなかなか左折できない。…いや、バイク1台ではないわけですから。
左折してしばらくもなく、左手に異常に明るい建物が!
3Fにロフトは分かったが…それにしても殆どガラス張りで、つくばにこんな真昼のような建物が出来るとは。
もはや駅前、というわけですか…
I氏、K氏とはこれでさらば。
一路蕎麦屋の待つ、蕎麦屋へ。
- 09/18 19:10
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で、蕎麦屋に着いたけど…
おい、どこにも明かりないぞ?
蕎麦屋に電話するが、かかるなりプツン。
もしかして移動中か、単純に電波の問題か?
仕方なく蕎麦屋を出て大通りに面した交差点の角にある駐車場で改めて電話。
似たような状態がしばらく続く。
こういう時だからこそ役に立ってくれPHS…エアエッジあんだからもっと普及してくれ。
しばらくしてやっとかかった。
とりあえず「ケンタッキーの近くの鮨屋を目指せ」ということだった。
『飲もうか』というんだからてっきり蕎麦屋の店か家の中で飲むもんだと思っていたんだが…
ちょっと意外だった。
つくばでケンタッキーというと、ジャスコの南側にあった…はずなのだが…良く分からん…
最後につくばに来てから2年。学生を終えてからは3年半。時間は記憶を忘れさせる。
…っつーかさっきI氏K氏と一緒に前通っただろうがケンタッキー。
鳥頭か俺は。
しかも迷う。
こういう時に限ってひたすら迷う。
コジマや石丸に行きたいんじゃない。
俺は現つくば駅やろうきんあたりを目指しているのに何だ竹園千現とは。
広い空から見えた月から方角を探っても目の前の道路はカーブばかりで方向感覚なくなるばかりじゃーっ
バイクで走りながら左のポッケに入れたPHSから♪モンキーマジックと共にバイブが何回か響いているのが分かった。
走り続ける俺の心をPHSが引っ掻き続けていった。
…
○0キロ走り、20時前になってようやくその店に到着。
腹は…既に満腹ではなかった。
- 09/18 19:50
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ようやく鮨屋に到着。
駐車場には十数台停めるスペースがあったが、図ったように1台分のスペースを除いて埋まっていた。
店に入る。
広い。のに、満杯。
つくばでこういう光景を見るのは、大晦日の蕎麦屋以来なかったことだ。
蕎麦屋の店主が手を挙げてカウンターに招きよせてくれた。
見たところ、そこしか開いていなかった。その位に人が一杯いた。
まずは日本酒で乾杯。
バイクで来たのだけれども、俺は蕎麦屋さんの所に泊めてもらえると聞いていたので問題なし。
歩いてもさすがに1時間はかからないだろう距離を、俺はバイクでほぼ同じ時間をかけてきたわけか。
つくばで鮨を食べるのは2回目だ。
1回目は、5年半前だ。
つくばに行くことが決まってアパートを探しに来た時の昼だった。
…
つくばで魚は食べないようにしよう、と悟った。後で知ったが、結構有名なすし屋だったようだ。
あ れ で、すら。
だから、いくら蕎麦屋の店主と行くと言っても、俺はすし屋と聞いて正直不安だった。
俺が遅れてきていたので、料理はある程度進んでいた。
前菜で枝豆が左側で霞んでいたのは憶えているが、他に何があったか、正直憶えていない。
だが、味はさすがに蕎麦屋が来るだけあったことと、俺の不安も消し去ってくれるに十分だったことは憶えている。
しばらくして秋刀魚の焼き物が出てきた。脂がのっておいしい。
最近職場の近くの小料理屋で昼飯に出てきた秋刀魚の塩焼きを久々に食べ、美味しさに幸せを感じたが、
この秋刀魚にも同じような幸せを感じた。
2度目で同じ感覚を覚えたということは、こっちの方が上を行っているのだろう。
蕎麦屋の店主は店名の「○○○さん」とか「親方(ひょっとしたら、お屋形、かも?)」とか呼ばれていた。
鮨職人さんは「親方」と言っていた。
「蕎麦屋の店主」などと書くのもしらじらしくなってきた。
店名を出すのは気が引けるので、以降は「親方」で通す。
俺がこの親方と仲良くなりだしたきっかけは、つくばに初めて来た時の夏休みのことだ。
かねてここの親方からひたちなかにある某蕎麦屋がうまいと聞かされていて、
蕎麦屋がうまいという店なら余程うまい店なのだろうと思い、
夏休みになって原付DioZX(当時は車の免許しかなかった)を飛ばしてそこに行った。
昼時を外して行ったつもりだが、そこそこ混んでいた。
二色そばを頼んだと思う。
蕎麦は確かにうまかった。
だが、その後に飲んだそば湯には衝撃を受けた。それほどうまかった。
ちなみにその時から時間は経っているが、衝撃を受けたそば湯はそれきりだ。
だから、俺はそば湯を空けると「もう一つくれ」と頼んだ。
そしたら、中にいた親父がそば湯を持ってきて一言言った。
「あんた蕎麦屋かい?」
「蕎麦屋じゃないです。蕎麦屋じゃありませんが、蕎麦屋がうまいと言っていたので来ました」
「どっから来たの」
「つくばです」
「○○○(店名)かい?」
「そうです」
そうしたら、親父は嬉しそうにしてデザートをサービスしてくれた。
俺は気分良くその店を後にした。
その何日か後、俺は親方の店で蕎麦を頼んだ。
その時にそのひたちなかの親父がつくばの親方の店まで来ていって、俺のことも言っていった、と聞いた。
なお、その日の蕎麦は「超大盛」だった。
それがきっかけでここの親方と仲良くするようになった、のだ、と思う。
もっとも、俺自身はこの出来事の数日後に乗っていた原付を盗まれた記憶も同時に思い起こしてしまう。
親方に、この鮨屋は美味しいということと、
それまで「つくばですしは食べるまい」と思っていたことを伝えた。初めてはどこでいつ食べたかも伝えた。
親方曰く、
「今はいい店になっている。今の店主は素晴らしい人だ。5年半前だとその人に変わる前で、
その時は俺もそう(=すしはダメと)思ったことがある」
表現は微妙に違っているような気がするが、ニュアンスはこんなところだ。
親方が隣の夫婦に絡みだす。
もっとも、この夫婦の母親は親方の知り合いだそうな。
この鮨屋には、活気があった。
そんな店のお客さんと職人さんから「○○○さん」「親方」と声をかけられる親方が羨望だった。
親方はこの店に随分通っているらしい。
本人もそういっていたが、職人さんに訊いても実に丁寧に、そう答えていた。上客らしかった。
親方は『この店においてある酒ではこれが一番好き』といって北雪を飲んでいた。
飲み続けた。
途中で他の銘柄に変わるかと思っていたが、これは変わらなかった。
後は鮨屋の客に絡む話なので触れまい。
そういえば俺が酔っ払って実家にPHSから電話をかけ、母親が出たのを確認するとちょっと待ってもらい、
親方に「お袋からです」といって電話を渡す。
母親はこの時点で相手が誰なのか分かっていないが、一度店には行っているので誰かは分かっている。
「あーどうもお久しぶりですー」
と言って始まった会話。
その電話が俺に回ってくると、母親は「いいねぇー」と言ってくれた。
電話が切れると、「母親さんに『どちら様でしょうか』って言われちゃったよ」と言われたものの、
実のところ、その前に母親が『気さくな人だったなぁー』と言われていたことを踏まえると、
俺が勝手にサプライズにしたくなったことも一因。
- 9/18 深夜
-
バイクを鮨屋の軒先に停めていき、
親方の車で蕎麦屋へ。運転は勿論代行だ。しかもこの代行まで得意らしい…
蕎麦屋の2階へ上がると、程なく、寝床に就いた。確か2時過ぎだった。
- 9/19 7:30
-
目覚める。
起きた時には親方はいなかった。
店にもいなかったようだった。どうも出かけているらしい。
さてこういう時、どうしたものか、困る。
シャワーを借りた後、とりあえずそこにあったひょうきん族のDVDを見ながら、
部屋を簡単に掃除していると、下から声が。
「飯食い行こう」
掃除は中途半端だったが、やむなし。バッグ等々を持ち、下に降りて車に乗る。
しかし…朝食は何を食べるのだろうと思ったが…
某ファミレスだった。
「2,3ヶ月振りに来た」そうだが、ウェイトレスの姉ちゃん達とすっごい仲良し…
「何故ファミレスで」という位。俺には真似できん。
まぁ、ある人が修行していた時期は「毎日来ていた」そうなので、分からんでもない。
ウェイトレスの一人に親方が名刺を出していたので、負けじと俺も出した。
苦笑しながら受けていただいた。
飯はそこそこに、昨日の鮨屋へバイクを取りに向かう。
「これからそばあと2回打たないと」
「11:30に連れを連れて行きますから」
そう言い交わして別れた。
- 9/19 10:15
-
「11:30に連れを連れて行きますから」
と言ったものの、本当に連れがいるのかどうかちょっと不安なまま、バイクに乗る。
大学の方へ針路をとる。
さすがに出てから3年半、中も大分変わっている。
出る前に工事中だった建物はすっかり出来上がっており、周辺の道も整備されていた。
いつできたのか分からないような建物が随分目立つ。
寮の前からF棟(3群の研究棟)を通り過ぎて、本部棟前まで時計回りに走っていく。
F棟から本部棟までの道路は半円状になっている。
このあたりはバイクを走らせていて気持ちがいい。
カーブの途中から、上を眺めてみる。
道路の両端から並木が高く伸びて空を覆っている。
葉っぱが多すぎて木漏れ日、という表現がぴったりだ。空気がやけにうまい。
何故か目の前を広く感じることができる。今の家ではできないことだ。
スピードは控えめだったが、それでもその気持ちよさは2分位しか味わえない。
でも、それを味わえたことは大切なことだ。
本部棟の前まで来てバイクを停めた。
I氏と、同じ研究室の先輩であるSさんにTEL。
11時過ぎに古本屋の前で待ち合わせることにする。
せっかくつくばに来たので、ZZR250を買ったバイク屋に行ってみようと思ったが、定休。残念。
予定を早めて古本屋に行って立ち読みを決め込む。
川口の古本屋を回っても見つからなかった『のだめカンタービレ』1,2巻を発見。
即購入(蛇足だが、買って読んだ翌日までに全巻購入…衝動買い?)。
店の駐車場で本を広げて読もうとすると、2台の車がやってきた。
- 9/19 11:10
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2台は殆ど同時にやってきた。
ちなみにI氏、Sさんには『俺以外の誰が来る』などということは一言も言っていなかったので、
I氏とSさんが顔を合わせた時には互いにびっくりしていたようだった。
ちなみにI氏とSさんは同じ研究科から博士課程に進んでいるので、顔見知りだ。
いざ蕎麦屋へ。
桜から市役所前を通っていったが、前の車がやけにスローであおってやろうとしたが、
市役所前で警官が必要以上に何人か立っていた。
納得。
そして蕎麦屋に到着。
開店は11:30なのだが、若干早めに到着。しかし、先客が車の中で待っていた。
昨日蕎麦が昼で切れたというのも、突発的なことでもなかったのかもしれない。
その後もお客さんが入ってきたこともあり、開店時間にはまだ早かったが、店に入れてもらった。
注文を聞きに来てくれるのを待って、3人揃ってせいろを注文。
注文してから出てくるまでに、Sさんからサプライズあり。詳細はまだ書けない。
しばらくその話で盛り上がっていた。
その後はI氏とSさんで研究の話で盛り上がっていたが、既に学生を辞めてから3年半になる俺。
分野もかぶる所はあまりなく、沖縄状態。
同じ日本語なのに、方言が強すぎて何を喋っているか分かりやしない。
というところでせいろが来る。
…
うまい。水っ気を感じることも稀になったが、香りも喉越しも申し分ない。
(この時期で新蕎麦かどうかは聞けなかったものの)
田舎蕎麦を追加。
個人的にはどちらかというとこちらの方が好き。
そしてそば湯、
これがうまくないとどれだけ蕎麦がうまかろうが、ひく。
この日は3人で来ているからか、量は多めだった。
その半分を俺が飲んだ。
特に、最後のとろっ、とした湯はとても美味しく飲めた。
その最中でもI氏とSさんで研究の話で盛り上がっていた。
話が長くなりそうなので、河岸を変えることに。
帰り際、親方に礼を言う。I氏に言われなければ忘れるところだった。
その後、I氏おすすめのサテンへ。
- 9/19 12:40
-
野球場のある公園の近くということは分かるのだが、名前が憶えきれなかった。
店で飼っているらしい犬が子供達に挑発されて吠えていた。
最初テラスで待っていたが、店内へ。
バナナシェイクの上にアイスクリームがのっかったのを頼む。
かなりボリューミー。
アイスはうまかったが、シェイクの方は味が薄かった。
3人で話をしていた。
色々話したので細かくは憶えていないが、はっきり憶えているのは、
俺がいつか博士課程に進んでみたいと言ったら、2人から止められたことだった。
俺はこのままサラリーマンを続けて、何をしたいのか。
そういう漠然とした想いから口に出たのだが、止められてしまった。
財政難もあってか、博士課程にいってからの研究は辛いふうだった。
1時間位話して、店を出る。
2人とは、そこで別れた。
- 9/19 13:40
-
桜土浦ICへ向かい爆走。
高速に乗って帰る。
空いている。
しかも風がない。
だから、思い切り飛ばすことが出来た。
クルーンの時速162km/hは超えたと確信しているが、
163か4か、はっきりとは分からない。
家についたのが14:45。
I氏に『着』のメールを出す。
「はやっ!」
とレスがあり、俺は一人はしゃいでいた。
- まとめ
-
刺激的なTだった。
『温故知新』がこれだけぴったりくることも今後なさそうな気がする。
―現段階でだが―つくばは俺にとっての聖域になってしまった。
- 追記
-
今回の親方に連れて行ってもらった店は、全ておごってもらっている。
実は以前学生で通っていた頃にお酒2本位贈っていたんだが、
まさかここまで返してくれるとは思わなんだ。
でもここまでやってくれたら赤羽の酒、松五郎チョイスの酒をおくらんとなぁ…
しかし3度手の内を見せてご馳走になっていることを考えると、
こっちも3つ手の内を見せて3本贈らないといかんなぁ…
赤羽、松五郎…の他は、俺は池袋「升新」という酒屋しか思い当たらない。
ここは6年近く前に、しかも3度しか行っていない。
無愛想な爺さんが対応してくれたが、しかし、その3度とも強烈な印象を受けている。
初めは「出羽桜をくれ」と言ったら「それじゃ分からないよ」と言い返され、値段で何種類か候補で出された。
2回目は北海道に行った後「男山の○○○」と言ったら、
「これは北海道の地元しかない酒なのにどこで知ったんですか」と聞かれ、
「帯広の酒屋で買って飲んで美味かったからです」と言って、ニヤリとされた。
3回目は新宿にある店に贈る時に「予算8000円で一升瓶で何か無いですか」と聞いたところ、
「それなら四合瓶で2つの方がいい」と言われてチョイスされた。
その頃にいた爺さんがまだやっているなら行ってアドバイスを聴いておきたい。
(050920発見…そこ行って酒は買ったが爺さん亡くなって代がかわっていた…
あの親父格好よかったのに…残念…)
(以下050925追記)
親方から連絡あり。ちゃんと届いてお礼の電話だった。
知らない間に親も酒を送っていた。
ふぅ…Tなのに、妙な追記だなぁ。