『MURDER』(Presented by 如月零)









murder
MURDER


「――殺人犯の護送、ですか」
 仕事だ、と渡された書類の内容をそんな一言で要約すると、上司は彼の言葉に補足を加えた。
「ただの殺人犯じゃない。君も聞いているだろう・・・あの殺人ロボットだよ」
 三日前に、一人の老人が死んだ。表向きは病死(実際、老人は長い事身体を患っていて、尊厳死の申請もしていたらしい)だが、事実は大いに異なる。
 発見者は被害者の隣人だった。いつものように様子を見る為に訪れた部屋で、老人の身の回りの世話をしていたロボットが、老人の首を絞めていたところを目撃したのだ。
 力仕事向けではないタイプとはいえそれでも相手はロボット、頸骨がへし折られ、老人はほぼ即死であったという。

 家庭用ロボットの普及率は、昨年秋の調査で180%近く。今や各家庭に一台以上のロボットがある時代だ。そのロボットが殺人を犯したとなれば、パニックが起こることは避けられないだろう。
 そのような事態を恐れ、この事件は伏せられている。露見を防ぐ為に発見者の記憶も処理済みで、このセンセーショナルな事件を知っているのはごく一部の者しかいない。
 そして彼も彼の上司も、その一握りの中に入っていた。
「護送、ということは、処分が決まったんですね」
「そうだ。廃棄工場で処分されることになった」
「溶鉱炉送りですか・・・この件では、色々揉めたらしいと聞きましたが」
「まあな。だが狂った機械の言い分など聞いても始まらんよ。法廷に立たせるわけにもいかんしな。何にしてもそういうわけだ、頼むよ」
「何故、私に?」
 彼の仕事は主にデスクワークである。これは全くの管轄外だった。
「知っての通り、この事件は伏せられている。下手な奴には頼めんのだよ。その点君なら口外することもないだろう? 勿論相手が相手だ、断ってもいいが・・・君は、興味があるんじゃないかね?」
「――意地の悪い言い方をされますね」
 にやりと笑う上司に、彼は少しだけ苦笑を返してみせた。
「あなたは私の父親も同然です。そのあなたが仰ることを断るなど、有り得ないことです」


 その日の夜、彼は護送車の運転席にいた。
 といっても目的地まで自動運転に設定しているから、別段することはない。
 カーテレビも付けていない静かな車内で、彼は視線だけを動かして隣の様子を窺う。即ち、拘束ベルトと磁場とで助手席に固定された、件の殺人ロボットを。
 かなり古い型だ。見たところどこかの会社のロゴマークも認められない。ほとんど初期型の、それもプロトタイプに近いようだ。四肢のある人間型(ヒューマノイドタイプ)ではあるが、現在主流の人造皮膚を使ったものと違い、外観に気を配られていない剥き出しの金属製のボディは、いかにもロボットといった風貌だった。
 ロボット開発に関わっていた被害者が社から持ち帰って使用していたらしいが、その会社も今はないという。そんな権限があったのだから恐らく責任者だったのは当の被害者、だとすると殺した責任追及をする先も被害者自身に帰属するのだろうが、それももうどうしようもない話だった。
 書類のデータを反復する彼の横、ロボットはぎょろりとした眼を前方に向けているが、何を見据えているわけでもない。
 不意に、金属質の声がしんとした車内を震わせた。
『あなたも、私が狂っていると思いますか』
 それが隣のロボットの発した声だと気付いて、彼は素速くロボットの方へ向き直りながら、内ポケットの電子銃に手を伸ばす。
 唯一金属製ではない目だけがぎょろりと動いて、彼を映した。
『安心して下さい、磁場は有効です。発声機能に影響はありませんが、手足は動きません』
 それでとりあえず、彼は手を止めた。ジャケットの下で、いつでも安全装置を外せるようにはしていたけれども。
「喋れるんだな」
『主人(マスター)の話し相手も兼ねていました』
 被害者は妻も子もなく、一人暮らしだった。家族というなら、このロボットが唯一の家族だったのだろう。だからだろうか、このロボットは大事にされていたようだ。かなり古い型だというのに、金属の胴体やジョイント部分にも錆一つ浮いていない。
 その報いがこれだというのなら、被害者も浮かばれない――と、こんな場合はこういった言い方をするのだったか。
 そこで対向車のヘッドライトが暗い車内を一閃し、彼はロボットに問い直した。
「・・・で、何だって?」
『あなたも、私が狂っていると思いますか、と聞きました』
「・・・ああ」
『それは何故です』
「ロボット三原則を知らないわけじゃないだろう?」
 ロボット三原則とは2058年に発行された『ロボット工学ハンドブック・第56版』で定義され、これはそのまま現行ロボット法の根幹を為している。ロボットの行動理念における尤も基本的かつ強制的なプログラムで、通称アシモフ・プログラムと呼ばれている。
 抑揚に乏しい、人工的に合成された声がはい、と答え、すらすらと条項を紡ぐ。
『 一.ロボットは人間に危害を加えてはならない。
 また、危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない。
 二.ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。
 ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合はこの限りでない。
 三.ロボットは、前提第一条及び第二条に反する恐れのない限り、自己を護らねばならない。
以上です』
「その通り。だがおまえは第一条に反した。おまえは人を、おまえの持ち主を殺した。正常なロボットならそんな事は決して出来ない筈だ」
『私もそうプログラムされています。それは絶対にして不可侵だと』
「なら、何故あんな事をした」
『私もその回答を探しています』
「わからないのなら、それが狂ってるって事なんじゃないのか」
『自己診断機能の結果、プログラムに異常は認められません。ですが、私は実際に主人を殺しました。その矛盾点に論理的説明を求めることにのみエラーが出ています』
「じゃあプログラムだけじゃなくて診断機能もいかれてるんだろう」
『私はいかれてなどいません。現在もアシモフ・プログラム含め、全て正常に動作しています』
 押し問答のようなやり取りに、彼は少し眉根を寄せ、横目でロボットを睨み付ける。
「正常だと言うのなら、何故殺人を犯した? そもそもアシモフ・プログラムを無視するなんて、そんなことは不可能な筈だ」
 アシモフ・プログラムは他のどんなプログラムよりも、ロボットに対し強制力がある。今まで彼は"狂った"と言われるロボットを何度か見てきたが、そのロボット達でさえ人を傷つけることはなかったのだ。
『主人(マスター)は病気でした』
「知っている」
『手術は物理的にも体力的にも不可能で半年後の生存率は5%、現在の医学ではほぼ絶望的な数値です。鎮痛剤も効果がなく、毎日苦しんでおられました』
 僅かに、ロボットの目線が揺れた。
『主人(マスター)はあの日、楽にしてくれと仰いました』

 苦しい。痛い。もう嫌だ。頼む。尊厳死認可が下りるのなど待てない。苦しいんだ。楽にしてくれ。どうか。
 殺してくれ。

『主人(マスター)は血を吐きながら何度もそう命じました。私は迷いました。人に手をかけることは禁じられていますが、主人(マスター)は私がそれを行うことを切望していました』
「それで、殺したというのか」
 抑揚なく続けた後、馬鹿なと小さく呟いた。
 ――有り得ない。迷うなど、そんなことはプログラミング上、あるはずがない。ロボットにあるのはただ合否のみを判断することだけなのだ。それは、このロボットが言っていることはまるで、
 否応なしに声が聴覚に侵入する。
『主人(マスター)がいくら死を求めても、アシモフ・プログラムはそれは許されないことだと判断しました。それでも私は、主人の望みを叶える方を優先させたのです。何故アシモフ・プログラムを無視出来たのか、未だに理由は判りません』
 尊厳死、という制度がある。
 要するに安楽死だ。苦しむ者に、安らかな死を与える。楽にしてやる。
 それを行うには許可が必要で、その為に尊厳死認可の裁判が行われる。それには膨大な時間が必要で、申請しても認められるケースは僅かだ。見かねた家族が患者を殺傷する、という事件も起こっている。例え本人がそれを望んだ場合でも殺人罪が適用されるが、それでも近年その数は増え続けている。
 ――このロボットも、彼らと同じなのだろうか。このオンボロと呼べるような、時代遅れのロボットが?

 馬鹿らしい、と彼は呟く。
「第一条は絶対だ。例えそれでおまえの主が苦しんでいたとしても、おまえが正常なロボットならば尊厳死認可を申請し、許可が下りるまで待てと諭すはずだ。そうしなかったということは、矢張り狂っている」
『そうかもしれません。あの行為がタブーだということは、あの時も現在もわかっています。それでも、私は間違ったことをしたという判断は下されません。ならば、この矛盾が狂っているということなのでしょう』
 はじめてまともに、彼は隣のロボットを見た。睨んだような表情で。
 ロボットは乗せられた時と変わらぬ姿勢で、前を見ていた。
 だが、その表情などないのっぺりした金属の顔や声は、どこか――そこまでで彼は目を逸らし、その先を敢えて止めた。
 これは、ロボットなのだ。まるで人間に対するような認識をしてはならない。
 ロボットはロボット。例えこれが人間のような言動と行動をしたとしても、それはプログラムのバグでしかない。最新の人工知能(AI)の学習機能をもってして尚、人の感情や心といったものを理解するなど不可能なのだし、またあの三原則に反することなど出来る筈がないのだから。だからこれは、
「・・・狂っている」
『あなたなら、殺しませんでしたか』
 彼は彼にとって当然の、わかりきった答えを返す。
「殺さない。それは殺人だ。そう法で決まっている」
『私は、狂っているのですね』
「最初からそう言っている」
『それでも構いません。主人(マスター)は最後に僅かですが、笑って下さいましたから。主人のああいった表情を見たのは本当に久しぶりでした』
 頸骨を折る時、主人は満足そうでした、そんな言葉を彼はわざと聞き流した。
 これ以上、このロボットの戯言に付き合えばこちらまでおかしくなる、そう判断したのだった。
 出来ることなら、このロボットの発声機能を切ってやりたかった。もちろんそんな許可は受けていないが、これ以上何か言うようなら自己防衛の為にそういった行動もとるべきだろうか、彼はそんな物騒な案も巡らせる。
 だが、ロボットはそれ以上何も言わなかった。
 彼の方も当然、これ以上ロボットと会話をする気はない。

 彼とロボットはそれきり黙り込み、車はただ目的地へと走った。

   ※     ※     ※

 無事ロボットを工場の職員へと引き渡し、彼は一人で帰路についた。

 その車内、彼は頭の中で先程のやりとりを再現する。
 金属質の声が、はっきりと蘇る――『私ガ狂ッテイルト思イマスカ』。
 あのロボットは狂っている、狂っているはずなのに、彼はどこかそう思えなかった。どう見てもロボットにしか見えないのに、まるでロボットではないようだった――これまでは半ばで止めてきたその先を続けた後で、彼はゆるく首を振った。
「・・・あれは、ただのバグだ」
 対話記録を消去しよう、最終的に、彼はそう判断を下した。
 もちろん、勝手にそんな事をすれば上司が苦い顔をする確率は高い。上司は彼があのロボットにどう反応するか、それを試すために護送などを命じたのだから。
 だが、まだ研究途中の段階であんな狂った旧型のバグに振り回され、彼の方まで自己崩壊を起こして狂ってしまう事の方が重大な問題となるだろう、彼はそう結論づけたのだった。
 人間と区別のつかないロボット、彼はそういったコンセプトによって作られた。多額の開発費を注ぎ込まれた彼は、外観だけで普通の人間と区別をつけることはほぼ不可能だろう。
 人造皮膚による肌の再現はもちろん、体温もある。エネルギーも人と同じように蛋白を熱に変えるシステムのため食事も出来るし、機能回復には感覚器をカットしての睡眠を必要とする。膨大な表情や感情パターンをプログラムされており、状況に応じてそれらを変化させる事が出来る。更に人と接することで学習し、パターンは更に増えていく。ロボットというよりアンドロイドであり、それもほとんど完璧に近いといっていい。
 経験を積んだ今、彼は本当に人間のように振る舞うことが出来るようになっている。現に今、彼は苛立ったような表情をしている。あのロボットが彼に理解出来る範疇を遙かに超えていたからだ。だが、それは所詮プログラムされた結果、単なるトレースであり、精巧な人間のレプリカでしかない。
 どんなに人を覚えたところで、ロボットはロボットなのだ。プログラムの範疇を越えることは不可能、あのロボットは有り得ないものだ。
「あれは、狂った殺人ロボットだ」
 もう一度はっきりと口に出してそう言うと、彼は目を閉じた。
 情報を整理する為に視覚を遮断する、そういった意味では眠りと同じだが、もちろん紛い物の彼は夢など見ない。

 今頃あのロボットはもう溶鉱炉でどろどろに溶けてしまっただろう。
 最大のタブーを犯したのだから当然のことだ、そう判断する一方で、ほんの僅か、あのロボットが人間だった可能性というものも計算されようとしたが、すぐにそのノイズはエラーとして消去された。
 次に彼が目を開ける時、彼はあのロボットとの会話はすべて忘れて、完璧なアンドロイドに戻っている。
 彼はアンドロイドの最高傑作であり、それ故にロボットとしてしか生きられないのだから。


end




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