『お見舞い』





   ずいぶんと久しぶりに彼が病室にやってきてくれた。

  「顔色、だいぶ良くなったみたいだ」

   本当に久しぶりだというのに、悪びれる様子も特になく、彼はいつもの人なつっこい笑みを

  私に向けた。

   ああ、ダメだ、私ったら、次に彼がやってきたら、言いたいことがたくさんあったっていうのに、

  シナリオだっていくつも頭の中で作っていたっていうのに、この笑顔のせいで何も言えなくなっ

  てしまう。

  「この頃、学校が忙しくってさ、悪いとは思ってんだ、もっと頻繁に来なけりゃいけないって。ほ

  ら、サッカーの方も、ようやくレギュラーになれたばかりだろ、だからつい…」

   彼ってば、私のことなど構わずに自分の近況ばかりを一方的に話す。それも毎度のことだけ

  ど、正直言うと少しは私の話も聞いて欲しい。

   私がいつもこの病室に一人ぼっちでどれくらい心細いか、彼は想像もつかないに違いない。

   でも、いいんだ。私はただ彼の話を、そして彼の声を聞いているだけで、それだけで何だか

  ほわっとさ、幸せな気分になれるんだから。

  「…あの時の教授の間抜けな顔、君にも見せたかったなあ、最高に傑作だったんだぜ…」

   彼は話上手だ。私なんかが、話の腰を折ってしまうのが勿体なく思えるくらいに。

  「ああ、ゴメン。また俺が一方的に話しちゃって。退屈、だった?」

   そんなことないよ、そう言おうとしたけれど、私は結局何も言えずに、黙って下を向いたまま

  だった。

   不意に彼が手を伸ばしてきて、私の髪に、入院生活が長引いてぱさぱさになってしまった私

  の髪に、そっと触れた。

  「君のこと、忘れる日なんてないから。気がつくと、いつも君のことばかり考えてる」

   そのまま彼は私の頬をやさしく撫でた。私は彼の手がとても好きだった。私と違って彼の手は

  とても暖かい。

  「あ、もうこんな時間だ、やばい、バイトに遅れる!」

   そう言って彼は勢いよく立ち上がった。私は内心の失望を表に出さまいと努める。

   病室のドアのところで、彼が振り返って不器用にウインクしてみせた。

  「また、来るから」

   ウインクを返そうとしたのだけれど、今の私にはなぜか以前のようには上手くそれが出来ない。

   バタン、と彼は乱暴にドアを閉めたが、立て付けが悪いせいか、ドアは完全には閉まり切らな

  かった。

   ギギィーという気味の悪い音を立てて、半開きの状態になった。

   彼が帰ってしまったばかりの、この瞬間が嫌いだった。もう来てくれないんじゃないかと思うと、

  気が狂いそうにさえなってしまう。

   この病室に連れてこられたときは、私は家に帰りたくて帰りたくて仕方なかった。だが今となっ

  てはそれももうどうでもいいことだった。彼が時々こうしてやってきてくれるだけで、私にはそれ

  だけで十分満足だった。

   そう、それだけで・・・。

   突然、ドアの隙間から、ひゅうと風が吹きこんできて私の体を強く揺らした。

   からからと、何かが乾いた音を立てた。

   私は、誰もいなくなって朽ち果てた廃病院の、奥まった病室のベッドの上で、彼がお見舞いに

  来てくれるのを待ち続けている。

   ずっと、ずっと。



                                  了



      MARUKO   *まるこから描いてもらったイラストです。サンクス!



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