『シンデレラは眠れない』(二段目)





   自分は・・・、何を、期待していたって、いうのだろ、う。

   お、王子様が何をしてくれるって思っていたんだろう。

   誰も、自分を、救ってなどくれないんだ、自分自身がそれを望まぬ限りは…。

   王子様の言葉に、シンデレラの心は粉々に砕け散ってしまいました。実母が亡くなったときでさえ健気に

  こらえた涙が、砕けた心のひび跡から止め度なく溢れていきました。

   シンデレラは砕けた心の欠片を必死に拾い集め、それを一つ一つジグソ−パズルのように心の形枠に

  はめ込み、そして精一杯の笑みを王子様に浮かべました。

  「わかりました、王子様、わたくしがこの靴を見事金の靴へと変えてみせましょう」


                       CINDERELLA2 illustrated by える


   魔法使いの老婆は北へと続く街道の道端の切り株に腰を下ろし、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃに

  ゆがめ、やれやれ久しぶりにいいことをしたわいと、一人ごちました。あの娘も、一夜限りのこととはいえ、

  舞踏会での夢のような出来事を良い思い出として、これからの人生を強く生きていくことができるだろう。

   他人のために何かを無償で行うということは非常に気持ちの良いことなのだということを老婆は改めて

  知りました。

   突然日差しが遮られ、不審に思った老婆は顔を上げました。

   馬に乗った二人の騎士が老婆を威圧的に見下ろしていました。騎士達は老婆の顔を確認すると互いの

  顔を見合わせました。

  「何じゃ、お主たちは?儂に何か用かえ?」

  「申しわけありませぬ、城までご足労願えますかな?」

   騎士達の、丁寧な言葉使いでありながら、それでいて有無を言わせぬその態度に老婆は半ば腹を立て、

  同時に不安が沸き起こるのを禁じえませんでした。いったい何が起こったというのか…。

   都へと続く街道の果てに、不吉な暗雲が湧くのを老婆は視界の隅にとらえ、眉をひそめました。



   老婆は目の前に立っているのが誰なのか、一瞬本当にわかりませんでした。

  「お久しぶりです、おばあ様」

   舞踏会で着ていたパ−ティドレスに負けないほどド派手で悪趣味できらびやかでゴージャスな衣装を

  優雅に身にまとい、両脇に小姓を引き連れ、優雅な足取りで現われたシンデレラは、老婆に向かって

  優雅に微笑みかけました。

   けれど老婆にはそれがシンデレラであるとはどうしても信じられませんでした。いうならばシンデレラに

  似せて作られた人形が自分に向かって微笑んできたような、そんなおぞましい想像に囚われ、老婆の

  感情は一瞬にして全て凍りついてしまい、何も言葉を返すことが出来ませんでした。

  「お久しぶりです、おばあ様」

   シンデレラは同じ言葉を繰り返し、老婆はそれがアクセントからイントネ−ション、何から何まで全く

  一度目と同じことに気付いて、悪い夢でも見ているような気分になりました。 シンデレラは目で合図を

  して小姓を下がらせると、一足の靴をどこからともなく、それこそ魔法のように取り出しました。

  「早速だけど、おばあ様、この靴をあの日と同じようにガラスの、いえ、出来たら金の靴に変えてほしい

  の、出来るわよね、おばあ様」

   シンデレラは両眼にまともとは言い難い光を宿し、みすぼらしい靴を老婆に突きつけました。あの日

  見事老婆がガラスの靴へと変えてみせた、シンデレラのボロボロの靴…。

  「な、何を言っておるのじゃ、シンデレラ。あの日そなたらが見たのは全てまぼろし、あやかしなのじゃ。

  本当にガラスの靴に変えてみせたわけではないのじゃぞ。そのようなこと出来るはずも、あ、あるまい」

   老婆の言葉にもシンデレラは少しもひるみませんでした。

  「まぼろしで構わないわ。まぼろしでも一向に構わない。まぼろしだってそれが永遠に続くなら本物と

  同じよ…」

   老婆はシンデレラの狂気に気押され、思わず後退りました。

  「む、無理じゃ。儂の魔力では到底無理じゃ。儂ではあの日と同じ、せいぜい半日が精一杯なのじゃ」

   シンデレラは老婆の言葉尻を聞き逃したりしませんでした。

  「あなたの魔力では、無理なの?ではどこかにそれが出来る者もいる、ということね?」

   老婆は、シンデレラの問いに対して答えるべきではなかったのかもしれません。しかしこの時のシンデ

  レラに対して嘘、偽りを並べ立てることなど老婆には到底不可能な話でした。

   そして老婆はまるで老婆自身が魔法にかけられたかのようにシンデレラに魅入られたまま一人の魔法

  使いの名前を告げました。



   男がお城に現われたのはそれからしばらくしてのことでした。 薄汚れた外套を目深に被り、左足を引き

  ずるようにして歩くその男はシンデレラの前にやってくると悲しげな瞳でシンデレラを見て、地の底から響く

  ような声で、こう告げました。

  「暗き闇の底から、全てを眺めておったよ、灰を被りし娘よ…」

   その一言でシンデレラは男が自分の捜し求めていた魔法使いであるということを悟りました。

   ああ、本当に、本当に現われてくれたんだ…。

   感動のあまりシンデレラが駆け寄ろうとするのを男は軽く手で制しました。

  「全て知っておる、全てをな。お前に何が起こったのか、お前が何を思うのか、お前が何を望んでおるのか、

  すべてをだ…」

   シンデレラはこの魔法使いこそが自分を本当の幸福に導いてくれるのだと信じていたので、魔法使いの

  次の言葉には心の底から驚きました。

  「醜くなったな、シンデレラ」

   今では王子様の寵愛を一身に受け、城の中を気ままに動き回り、あごで人を使うようになり、義母や義姉

  から苛められていたことなどとうに忘れてしまっていたシンデレラは、世辞こそ聞き飽きていましたが、彼女を

  なじる言葉など久しく聞いていなかったので、魔法使いの言葉に咄嗟に何と言い返せばいいのか、思わず

  頬をピクピクと引き釣らせました。

  「お前は美しかった…。薄汚い衣を身にまとい、紅を付けることもなく、手にあかぎれを作ってはいたが、

  お前の魂は、本当に美しかった。汚れを知らなんだ…」

   魔法使いはシンデレラをまっすぐに見すえて言いました。

  「今のお前を見るのは悲しい。今のお前は欲に汚れまみれ、見るに耐えぬ…」

   黙って魔法使いの言葉を聞いていたシンデレラでしたが、だんだんと腹が立ってきました。お前が何を思う

  のか全て知っている?お前は美しかった?今のお前を見るのは悲しい?ふざけないで!シンデレラはそう

  叫びだしそうでした。義母や義姉から死を厭わぬほどに苛められ、王子様には裏切られて魂さえも砕かれ、

  自分自身で自らの居場所を見つけ出すしかなかった自分が、ようやく、ようやく、光をつかもうとしているという

  のに…。

   どうして…。どうして自分には希望を抱くことさえ許されないのか。

   シンデレラは気丈に魔法使いをキッと睨みつけました。

  「そのような言葉を聞きたくて、あなたに来ててもらったのでは、ありませぬ…」

   残された気力を必死になって振り絞ってシンデレラは魔法使いを正面から見返し、持っていた靴を魔法

  使いの目の前に突きつけました。

  「この靴を金の靴にしてちょうだい。いいえ、靴だけではないわ、この国の石を、岩を、木を、建物を、全て

  黄金に、黄金に変えてほしいの。この国を、この国を、本当に豊かな国にしてちょうだい!」

   シンデレラも王子様から相談を受けるまで知らなかったことなのですが、この国の財政は火の車でした。

  数年間に渡る飢饉、干ばつ、疫病、戦費、その他諸々の事情によって、この国の財政は破綻寸前でした。

   シンデレラは当然とも言える疑問を王子様にぶつけました。どうしてそのような危機的財政状況であり

  ながらあのような豪華な舞踏会を開いたのか、と。

   王子様はその問いに少し寂しそうに笑って答えました。財政が破綻寸前であったからこそ、あのように

  豪華な舞踏会を開いたのだ。あれは舞踏会であって舞踏会でない。あの舞踏会は近隣諸国の裕福な国の

  王女、豪商の娘達を招いた、見合いの場であったのだよ…、と。

   シンデレラはその時ようやく真実を知りました。シンデレラがあの日王子様に選ばれたのは王子様が個人

  的にシンデレラを気に入ったというわけでなく、単に舞踏会に出ていた娘達の中でシンデレラが一番派手な

  衣装を身に付けていたからに他ならないということを…。

   シンデレラは王子様が自分に何を望んでいるのかを知りました。自分に課せられた義務も、自分が何の

  役にも立たない、ただの灰被り娘だということがわかれば、捨てられるに違いないということも…。

   自分の居場所は自分で見つけなければだめなんだ。もし、それが捜してどこにもないというならば、たとえ

  誰かを傷つけることになったって、躊躇していてはだめなんだ。もう誰にもお前は役立たずだなんて言わせ

  ない。

   王子様を助けるのは私だ。この国を救うのは私だ。私が、私が、私が、ワタシガ私が私ガ私わたし私私

  ワタシガ私…。

   シンデレラの、悲壮といってもいい決意をまるで見透かしたかのように魔法使いは悲しそうに首を振り

  ました。

  「シンデレラよ…。魔法は時に人を幸福に導くこともある…。しかし、魔法そのものによって幸福を得ることは、

  決してないのだぞ…」

   シンデレラは目を閉じ、天を仰ぎ、靴をギュッと胸に抱いたまま、泣き崩れました。

  「うるさい!そんな言葉が聞きたいわけじゃないって、言ったばっかりでしょう!」

   シンデレラは流れ落ちる涙を拭おうともせず、持っていた靴を魔法使いに向けて投げつけました。

  「早くこの靴を金の靴にしてよっ!この国を黄金の国にしてよっ!あたしを、あたしを、幸せに、して、よぉ…」

   魔法使いはゆっくりとシンデレラの靴を拾いあげました。

  「シンデレラよ…。この靴を、金の靴に変えるは容易い…。しかし、お前を幸せにすることは儂には無理な

  ようじゃ…」

   そう言って魔法使いはシンデレラの靴を二度、三度とさすりました。するとどうでしょう、シンデレラのボロ

  ボロだった靴が、突然光を帯びて、輝き出したのです。いえ、靴だけではありません。魔法使いの持つ靴を

  中心にして、光が見る見る広がっていったのです。

   光の輪はとどまることを知らず、やがてシンデレラを包み、二人のいた謁見の間を充たし、さらに城全体が

  黄金に輝きだし…。

  「儂は、もう、疲れた。帰らしてもらうことにしようか…」

   史書に名を残さぬ魔法使いは左足を引きずりながら、光の中へとゆっくりと消えていきました。



   いったい何がいけなかったというのだろう…。いったい何が…。

   シンデレラはお城のテラスから、沈みゆく夕陽が城下の街を包むのを眺めながら、誰にも聞こえないように

  静かに、そして深く、ため息をもらしました。

   今、街は夕陽に照らされながらも、街そのものが黄金の光を発しています。

   偽りの、黄金の光…。

   この光も輝き始めたころは人々に心からありがたがれたものでした。もうこれで貧しい暮らしをせずにすむ、

  子供を売る時の身を切るような思いをせずにすむ、飢えとももうおさらばだ、と。

   地平線が大きく口を開け、夕陽を飲み込んでいきます。一昔前ならば街に明かりが灯り、夕餉の支度に

  かまどには湯の張った鍋がかけられる時刻でした。油を買う金のない者は少しばかり早い眠りにつくか、

  夜陰に紛れ人目をしのびながら他人には大きな声で言えないような行動に及ぶか・・・。

   しかし街に黄金の光がもたらされてからというもの、街に明りが灯ることはなくなりました。夕餉の支度に

  いそしむ女達の姿も見えません。

   人々は街にあふれる黄金に安易に生活の糧を求め、誰一人としてまじめに働こうとしなくなったのでした。

   確かにそれでも最初のころは道端に落ちている黄金を隣国へと持っていけば簡単に小麦やジャガイモに

  交換することができました。ですから働く事が馬鹿馬鹿しくなるのも仕方ありません。しかし次第と隣国の

  人々もどうも様子がおかしいということに気付き始めました。

   やがてシンデレラの住もう国の城下には黄金が腐るほどに溢れているということが知れ渡ると、どれほど

  黄金を持っていっても隣国の人々はパンの一切れにさえ代えようとはしなくなりました。何しろ気が向けば

  夜陰に紛れ好きなだけ自分で持って帰ればいいのですから、何か食べ物と交換するのも馬鹿馬鹿しいこと

  でした。慌てたのは隣国の王様です。シンデレラの国の異常な事態を知るや否や直ちに国交の断絶を

  宣言し、人の行き来を一切禁じ、関所を固く閉ざしました。過剰の黄金が市場に持たらされればそれは

  やがてインフレをもたらし、市場を崩壊させかねません。経済学が確立していない当時でさえ支配階級の

  人々にはそれは常識でした。ただ学のないシンデレラはその事を知りませんでしたし、金の希少性故の

  価値なども到底理解できないことでした。

  「どうして黄金がこんなにあるというのに貧しいのよ!」

   シンデレラがヒステリックにそう叫んでいる間にも手入れを怠った田畑は荒れ放題に荒れ、井戸は枯れ、

  食料は底を尽き始めました。シンデレラがようやく事の重大さを悟り、どうにか手を打たなければと思った

  時には既に何もかもが手遅れでした。余力のある者は偽りの黄金を抱えるだけ抱えて国外に脱出し、

  残された者たち、すなわち病人や年老いた者、そして子供たちの中には餓死者さえ出ていました。

   シンデレラは夕陽を眺めながらそっと呟きました。

   最初は心の中で、続けて口に出して、私はただ、「幸せになりたかっただけなのに…」。

   口に出して呟くだけならこんなにも簡単なのに、どうして…。

   シンデレラはもう一度そっとため息をつきました。

   やがてシンデレラはあることを思いついてパンパンと二度手を打ちました。

  「宮廷書紀官をこれへ!」



   宮廷書紀官を呼び出したシンデレラは彼に自分がこれから言うことを一言一句違える事なく書き留める

  ようにと強く言い渡すと一つの物語を語り始めました。

  「昔々、あるところに一人の女の子が…」

   シンデレラはそれから三日三晩一睡もせず物語を紡ぎ続けました。それはひどくロマンチックで、もの

  悲しく、けれどシンデレラの思いつく限りもっともハッピ−エンドなお話でした。

   そして三日目の朝、物語を、

  「…そして彼女は王子様と末永く幸せに暮らしました」

  と結んだシンデレラは満足げな笑みを浮かべると、そのまま眠るようにそっと息を引き取りました。

   シンデレラの死とともに街は偽りの黄金の輝きを失い、元の石と木で出来た街並みへとその姿を変え、

  静寂を取り戻しました。

   残念ながら、シンデレラが語り、宮廷書紀官が記した物語の原書は焚書の憂き目に合い、今は現存して

  いません。またシンデレラが王子様とダンスを踊ったお城も戦火のために見る影もありません。

   けれど原書こそ失われましたが、シンデレラの語った『シンデレラ』というお話だけはいつの世にも女の

  子の間で最高のシンデレラスト−リ−として語り継がれています。



                  お・わ・り



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