『スマイル』





   その男、アランが私たちの前に現れて、もう六年の月日がたとうとしている。

   それ以来最愛の妻であるジャクリ−ンの、私に対する態度は目に見えて変わってしまった。

   いったい、あの男のどこにそれほどまでに魅かれるというのか、私は妻に問い正したくて仕方が

  なかった。

   華奢といっていい体つき、女と見粉う細面、背丈を比べれば私の方がずっと高いし、稼ぎでは文

  句無く私の方が上だ。

   とりわけ私が奴に関して我慢ならないのは、何を考えているか全く伺い知れない、その奇矯とも

  いえる行動パタ−ンだった。貴様には脳みそがないのか、そう言いかけたことも一度や二度では

  ない。

   そんなアランにジャクリ−ンが湯水のように金を貢いでいるのは(その金は他でもない、私が稼

  いだ金だ!)、影ながら見ていても心中穏やかでいられることではない。

   いったい、奴の魅力とは何だ?奴にあって私に無いもの、それは何だ?

   しばらくの間考えて、私は一つの結論を導き出した。

   スマイルだ。アイスクリ−ムのように甘い、甘ったるい、あのスマイル。確かにそれは私には到底

  もちえないものだ、あのスマイルだけは…。

   そんなことを考えながら歩いていると道の向こうから当のアランがこちらに向かってやってくるの

  が見えた。だが、彼は一人ではなかった。アランは彼と同じくらいの年齢に見える女性ときわめて

  親しげに話しながら歩いてきたのだ。

   二人の関係がただならぬものであることは容易に想像できた。

   何という奴だ!私からジャクリ−ンを奪っておきながら、別の女性にも手を出すとは!

   その時アランが不意にこちらを向いた。私と目が合い、奴はにやけた笑みを浮かべた。勝者の余

  裕という奴か、アランは満面のスマイルをたたえ、近づいてくる。

   10メ−トル、8、7…。奴との距離が見る見る縮まっていく。5メ−トル、4メ−トル…。私の足取り

  は知らぬ間に覚束ないものとなり、息をするのさえ苦しくなっていく。3、2、1メ−トル…。もう奴は

  目の前だ。心臓の鼓動がいよいよ激しくなり、目が霞み、意識が朦朧となり…。

   突然アランは私に向かって飛びついてきて、耳元でこう叫んだ。

  「お帰りなさい、パパ!!」



                   了



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