『空のない街』/第十一話






   小雨の降りしきる中、故人の遺徳を忍ばせるように墓地には多くの参列者が集まった。雨は世界の

  ほとんどすべての色をモノトーンへと塗り変え、人々からは感情を奪い去った。

   司祭がアルバート・マクマーナンの生前の栄誉をたたえ、聖書の一節を唱えた。

   参列者たちは故人へ最後の別れの言葉を述べようと、まるで彼ら自身が亡者であるかのように押し

  黙ったまま、故人の眠る棺まで列を作った。弔いが済むと、故人の愛娘であるティルダに一言二言声を

  掛けていく。

   だが彼女は目の前の光景を現実として認められないかのようにそれらに全く無反応だった。

   ジョシュアは墓地の外れからその様子を眺めていた。ティルダの表情は黒いベールに覆い隠され

  彼からはよくわからなかった。ただ茫然と成すすべもなく立ちつくしているかのように見えた。

   ジョシュアは自分に葬儀に参加する資格がないことを充分承知していた。ティルダに二度と会っては

  ならないということも、わかっているつもりだった。

   けれど、どうしても彼女の様子が気になって、気が付くといつの間にかアルバートが埋葬されるという

  墓地へと来てしまった。

   アルバート・マクマーナンの死は自殺だ。

   ジョシュアは自分にそう言い聞かせた。警察の公式見解もそうなっている。ジョシュアにその死の責任の

  一端があるにしろ、最後に引き金をひいたのは彼自身である。良心の呵責に耐えかねたのか、それとも

  別の理由があったのか、そこまではわからない。だがともかく、引き金をひいたのはジョシュアではない。

   引き金をひいたのは、僕じゃない…。

   何度も何度も、呪文のようにジョシュアは繰り返した。

   僕じゃない…。僕じゃない…。僕のせいじゃ、ない…。

   けれどそうしたところで心の中に開いた虚無の穴が閉じるわけではなかった。

   葬儀がすべて終わり、人々が帰途につき始めた。最後まで残っていたティルダも年配の女性に手を

  引かれ、ジョシュアのいる方へとやってきた。ティルダは彼のことに気づかずに、通りすぎようとした。 

  「ティルダ!」

   ジョシュアは思わずそう声を掛けた。

   ティルダは、ジョシュアの方を見て、首をかしげ、しばらくの間何かしら考える素振りをしたが、やがて

  初めて彼の存在に気づいたように、ああ、ジョシュア、と言った。

  「パパのお葬式に、来てくれたのね。ありがとう。パパも、きっと、喜ぶと思うわ」

   ゼンマイで動く自動人形のように抑揚のない表情のままティルダが言った。

   ジョシュアは突然たまらなくなって、何かを言おうとした。だが何も言葉が見つからず、顔を背けた。もう

  彼には事実を告げること以外に、ティルダに言うべきことが見つからなかった。彼は顔を上げた。

  「アティルディア」

   ジョシュアよりもほんの一拍早く、一人の男が、ティルダの背後から彼女に声を掛けた。

  「エドワード叔父様…」

   振り返った少女の顔が少しだけ華やいだように見えた。

  「すまない、葬儀に遅れてしまった」

   そう言いながら、エドワードと呼ばれた男は雨を遮るように、ティルダの肩に手を回すと、彼女を自分の

  方にそっと引き寄せた。

   二人はまるで少年の姿が見えないかのように少しの間会話をし、そのまま顧みようとせずに彼の前から

  去っていった。

   ジョシュアは、悪夢でも見ているようだった。地面がぐらぐらと揺れているかのように立ちくらみがして、

  ひどく吐き気がした。

   僕の、せいじゃ、ない…。

   膝から崩れ落ちそうになるのを何とかこらえ、ジョシュアは震えながらもう一度その台詞をくり返した。

   だが、その呟きは彼の耳にひどく空しく響いた。

   エドワード・マクマーナンは灰色のオーバーコートを着ていた。

   さらに勢いを増す雨の中、死者の他には誰もいなくなった墓地に、ジョシュアは一人取り残された。雨は

  止む気配もなく、ただひたすらに街を灰色に染めていった。


    *『空のない街』/第十二話に続く



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